第2章
第5話「 束の間の休日 









「 では、 私と留美は御音へ帰ります。 」
「 借りは返したからね。 今度会う時は敵よ、 相沢 祐一。 」

御音の二人が、 御音へと続く道のある北門の前で、 主だったメンバーに見送られていた。

「 ……皇帝に伝えろ。 俺の敵は、 人間じゃない。 人間に仇なす魔族だとな。 」
「 ……解りました。 伝えておきます。 」

それでは……と、 茜が上品に一礼すると、 二人は皆に背を向け、 御音へと帰って行った。

「 あの二人には、 結構助けられた。 」

志貴が、 ポツリと呟く。

「 ええ、 結果、 内乱は早期に、 しかもかなり良い方向で治まりましたわ。 」

秋葉も、 志貴に同意する。

「 ああ言う風に言っていましたが、 恐らく祐一さんに関しては、 理解して頂けたと思いますよ。 」

秋子がそっと祐一に言った。

「 …… 」

祐一は二人が見えなくなると、 スッと背を向け、 アルテミス城へと歩きだした。






数分後、 祐一はアルテミス城にある、 修練場に来ていた。 華音・アルテミスの団長クラスの者
同士が、 模擬刀で剣を交え、 実戦形式で鍛錬を行っていた。
と、 アルテミスの騎士が一人、 祐一の方へと吹っ飛ばされてきた。 
祐一は、 騎士の襟首を掴むと、 背中をソッと押し上げ、 勢いを殺し、 フワッと騎士をその場に立たせた。
そして、 吹っ飛ばした方の人間を見る。 そこにいたのは、 祐一の幼馴染み、 川澄 舞だった。

「 …舞か… 」
「 祐一…、 私に稽古をつけて欲しい… 」
「 舞の剣は、 我流だがすでに完成されている。 後は自身の創意工夫次第だ。 」
「 …… 」

舞は首を横に振った。

祐一の強さは、 私よりも上…。 それに、 私は祐一流の剣を極めたい…。 」

「 …舞… 」

フッと目の前に、 舞の顔がどアップになる。
それが、 舞にキスされたのだと気付くのに、 祐一でも少し時間がかかった。
ほんの2〜3秒で、 二人の唇は離れた。

「 …舞… 」
「 …覚えておいて…。 私にとって、 祐一はたった一人、 私が心を許した男性だと言う事…。
私にとって、 心を許せるのは、 佐祐理と、 祐一しかいないと言う事。 
私には、なんとなくだけど、 祐一が近い将来、 何をしようとしているのか、 解るから。
その時に、 祐一が確かに私達の傍で生きていたという、 その生き証人になりたい…。 」

「 ……俺の剣も我流だ。 それでもいいのか? 」

祐一の言葉に、 舞はコクンと頷いた。

「 ……解った。 」

そう言うと、 祐一は一端宛がわれた居室に戻り、 数分後、 自分の二振りの剣を持って来た。

そして、 二振りの内、 聖剣の方を舞に渡す。

「 ……これは何? 」
「 …名前くらいは聞いた事が有る筈だ。 それは、 聖剣エクスカリバー。 俺が、 俺の師とも義父とも言える者から、 譲り受けた剣だ。 」
「 !? ……これが…… 伝説の …聖剣… 」
「 そして、 今俺が持っているのが、 魔剣レヴァンティン。 これも聞いた事が有る筈だ。 」
「 …… 」

舞は、 二振りの伝説で語られる剣を見て、 呆然としていた。
それは舞だけではなく、 名雪、 香里、 他の者も同様だった。

「 舞、 まずは、 レヴァンティンに認められろ。 エクスカリバーもレヴァンティンも意思を持つ。 
その意思と心を通わせ、 認められたら、 本気で俺もお前を弟子にする。3日以内でやり遂げろ。 」

「 ……解った。 」

そう言うと、 舞は修練場の端に行き、 座禅を組むと、 太ももの上にレヴァンティンを置き、瞑想に入った。

「 祐一、 私や香里はダメかな? 」

名雪が、 祐一の傍に来て、 尋ねた。

「 ……攻めて来てみろ。 二人一度でいい。 」

 そうして、 祐一 VS 名雪 & 香里 の実戦形式の修練になったのだが、 結果は 名雪&香里組の惨敗。

いくつもの欠点を上げられ、 二人は悔しそうにしながらも、 その注意を聞き入れた。
その後も同様に皆の稽古をつけ、 今日一日が終わった。
そして二日目の夜、 舞がレヴァンティンを持って、 祐一の元へ来た。

「 祐一、 剣が私を認めてくれた。 恐らく、 このまったく重みを感じなくなったのが、その証拠… 」
「 ……その通りだ。 エクスかリバーも始めはもの凄く重かった筈だ。 それは、お前に触れられるのを嫌がり、 拒絶していたからだ。 
剣が認めたら、 まるで持っていないかの様に剣は軽くなる。 良くやった。 」

 舞の肩を、 祐一は軽くポンと叩いた。

「 ……はちみつくまさん…… 」
「 …明日から、 俺が専属で鍛錬する。 」
「 うん……zzzzzzzzz 」

舞は、 祐一のその言葉を聞くと、 スゥ…と、 倒れ込む様に眠りに入った。






翌日から、 祐一はマンツーマンで舞に稽古をつけた。 
それは、基礎体力の向上から始まり、 素振り、 技の修得にまで、 多岐に渡った。
他者から見れば、 しごき以外の何物にも見えない程、 それは厳しいものだったが、
舞の腕は、 日を追う事に上達し、 香里&名雪との対戦でも、接戦ではあったが、 勝った。
接戦になったのは、 舞と祐一の稽古を間近で見て、 廻りの者も触発されて、今までより厳しい修練を、 個々に行う様になった為だ。
噂を聞いたアルテミスの重鎮達も、 祐一と手合わせしようと、 修練場に来る様になり、 
三日目には非番の殆どの華音・アルテミスの兵や騎士が来る様になってしまった。
そして…、 七日目に、 それはやって来た。
事実上、 人間最強と言われている 水瀬 秋子 と、 相沢 祐一 の手合わせの時が。
二人が手合わせすると聞き、 この時ばかりは 志貴 や 秋葉 までやって来てしまい、
修練場が手狭になってしまったので、 公式大会用のコロシアムへと場所を移した。
二人はすでに準備は済んでおり、 何やら話していた。





「 祐一さん、 私も本気で戦います。 祐一さんも、 今持つ本気で来て下さい。 」
「 ……対人間用の本気で構いませんか? 」
「 ……対魔族用ではダメなんですか? 」
「 ……上手く制御出来るか解りません。 …もし出来なかったら、 俺は真の意味で、『 災いを招く者 』 になってしまいます。 」
「 解りました。 対人間用の本気で来て下さい。 」

そう言って、 二人は離れ、 10メートルの間を作り、 対面して構えた。
一応、 レフェリーには、 祐一の一番弟子、 舞がついた。

「 ……相方…… いざ尋常に…… 始め!! 」

舞の合図の瞬間、 二人の姿は一瞬にして掻き消えた。
二人の手合わせを見に来た殆どの者が、 スピードについて行けず、 目に見えていなかった。
この中で、 そのスピードについて来ていたのは、 志貴、 秋葉、 舞、 四季、 レグリア・ラザフォード卿の二候位でしかなかった。



カッ!  ガガキンッ!!    キンッ!!  キンッ!  ジャリンッ!!  ザッ!! ザザッ!



音だけが、 コロシアムに響く。 そんな状態が2〜3分続いた直後、、




ドガァッ!!!



と言う肉を打つ音が聞こえ、 やっと二人が動くのを止めた。
祐一は悠然と立っており、 秋子は脇腹を抑えながら、 何とか立ち上がろうとしていた。
お互いに構えたまま、 今度は微動だにしない時が続く。
周囲の観客も、 固唾を呑んで見入っていた。
否、 二人は黙って対峙していた訳ではなかった。
お互いに、 それぞれ魔法を詠唱していた。
と、 同時に秋子も祐一も詠唱を終え、 魔法を放つ。
くしくも、 二人の魔法はまったく同じ、 アイシクルエッジだった。
お互いに本数も同じで、 完全に同じで、 相殺されてしまった。




相殺されたその次の瞬間、 祐一と秋子は、 再び目で追いきれぬスピードで、 直接戦闘に入った。
再び、 音だけがコロシアムに響く。



 ザギャッ!!   キッ! キキンッ!!   ビュンッ   ビュッビュビュッ!!  カィン!!


 ドゴォッ!!!!


 「 アウッ!! 」

 女性の声がし、 秋子は場外へと吹っ飛ばされていた。 
口から血を吐き、 秋子は意識を保ちながらも、 苦しそうにしていた。
祐一は舞台の上に立っていたが、 場外へと降り、 秋子に回復魔法をかけた。
苦しそうな表情がやわらぎ、 秋子は、 やっと上体を起こした。

 「 大丈夫ですか? 」

 祐一が手を差し出す。

 秋子が少し微笑んで、 祐一の手を取った。

 「強くなりましたね、祐一さん。叔母として、こんなに嬉しい事は有りません。自分を超える人が、私自身の甥である事も含めて、今私は凄く嬉しいです。 」

そう言って、 秋子は母親の様に、 祐一を抱き締めた。

「 私や皆に、 遠慮しないで下さい。 もっと…、 頼って下さいね。 華音が今在るのは、亡き貴方の父母の御蔭なんですから。 」
「 …… 」
「 無理にとは言いません。 でも…、 国王様も、 国民も、 皆貴方の生存を信じ、生還する事を夢見て来ました。 
成すべき事を終えたら、 華音へと帰って来て下さい。今は、 ご報告だけにしておきますから。 」

「 …解りました。 」

そう言って、 二人は手合わせを終えた。
見学者達からは、 盛大な拍手が与えられた。





その夜、 志貴は一人、 夜の風景を見ていた。
と、 アルクェイドと秋葉が、 スッと志貴の両隣へとやって来た。

「 どうしたのですか? 兄さん。 」
「 志貴にしては、 珍しく黄昏てるにゃ♪ 」

志貴はそう言われて、 少し微笑むが、 すぐに真顔になり、 再び外を見つめた。

「 なぁ、 秋葉… 」
「 はい? 」
「 ……一国の国主たる王家の長男が、 旅になんて、 行ける訳ないよな… 」
「 ……兄さんは、 祐一さんと共に、 旅に出たいのですか? 」

秋葉の質問に、 志貴は最初躊躇っていたが、 最後は素直に頷いた。

「 ……俺は、今だに世間知らずだ。このアルテミスから、一度も出た事がない。
それに、祐一は俺の大切な親友だ。祐一と共に、旅をしてみたい。そして、世界を知りたい。 」
「 ……兄さん… 」

秋葉は一人、 思案にふけったが、 すぐに志貴に提言した。

「 兄さん、 国の事は、 私に任せて、 行ってきて下さい。 」
「 …秋葉… 」
「幸い、華音とアルテミスは、お互いに相手の国に駐留軍を置く事で決定していますし、しばらくは秋子様も、アルテミスに留まられます。
四季もいますから、 安心して行ってきて下さい。 」
「 ……ありがとう、 秋葉。 」

志貴は秋葉を抱き寄せると、 ポンポンと、 頭を軽く叩いた。

「 ……兄さん… 」

今の二人は、 正しく兄妹だった。

「 志貴が行くなら、 私も行くからね。 」
「 アルクェイド… 」
「 私だって、祐一と同じ気持ちなんだから。私は人間が好き。
限られた刻の中で、気持ち次第で輝く事も、落ちていく事も出来る人間が好き。 だから、 守るわ。 守る為に戦う。 」
「 …… 」

志貴は、 何も言う事なく、 アルクェイドを抱き締めた。

「 …志貴… 」
「 …絶対、 祐一と共に、 守ろうな! 」
「 …うん♪ 」
「 頑張って下さいね、 兄さん、 アルクェイド。 」






翌朝、 舞に稽古をつけていた祐一に、 志貴が共に旅に同行したい旨を伝えた。
それを聞いていた舞も、

「 私も一緒に行く… 」

と言い、 秋子も交えて話し合う事となった。






「 祐一さん、 舞さんを連れて行っても構いませんよ。 」

開口一番、 秋子の許可が出た。

「 幸い、 人員は足りてますし、 私の代理は、 久瀬さんがしていますから。 ただ… 」
「 …… 」
「 舞さんを連れて行くのであれば、 もう一人連れて行かなくてはなりませんね。 」
「 …… 」
「 佐祐理様ですが… いいですか? 」
「 ……しっかりと、 覚悟を決めているのであれば、 俺は構いません。 」
「 解りました。 では、 私が行って、 佐祐理様を連れてきましょう。 」

そう言って、 秋子はディパーティションで華音へ飛び、 30分後、 佐祐理を伴ってアルテミスへと戻って来た。
佐祐理は祐一の前に立ち、 緊張した面持ちで、 おじぎした。

「 初めまして、 祐一さん。 倉田 佐祐理 です。 」
「 …相沢 祐一だ… 」

祐一は自ら名を言うと、 佐祐理の目をまっすぐに見つめながら、 佐祐理に問うた。

「 俺と一緒に旅をすると言う事がどう言う事か、 理解し、 覚悟して来てるのか? 」
「 ……はい、 覚悟して来ました。 …王女だからと言って、 私だけ安全な所で、のうのうとしてるのは、 嫌です。 
それに、 せっかく受け継いだ才能と、 努力して得た力を、使わないでいるのは、 嫌なんです。 
私は、 今自分が持つ力で、 私が守れる限りの人達を守りたいんです!! 」
「 …解った。 では、 三日後、 アルテミスを出発する。 旅の準備をしてくれ。 」
「 は…はい! 」

祐一は、 佐祐理と話し終えると、 今度は志貴の所へと来た。

「 志貴、 パーティーが決まった。 俺、 志貴、 アルクェイド、 舞、 佐祐理さんだ。 」
「 承知した。 準備しよう。 」

こうして、 アルテミスでの日々は、 終わりを迎える事となった。
そして、 これが、 祐一がアルテミスで送る幸せな日々の、 最初で最後の刻となった。

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