第二章
第12話「 終焉の始まり 」








 ( 東鳩国 王都 心葉 )

いつもの平和な日だった。朝、女性は御飯の仕度をし、家族皆で食事をし、夫はそれぞれの職場へと赴き、仕事に励み、太陽が真上に差し掛かった時だった。
昼食を取ろうと、それぞれが一息入れようとしていたまさにその時、平穏な日々は、世界各地で突如終焉を迎える。
一人の農夫が、北の方向の空に、黒い雲海を偶然見つけた。
だが、すぐに農夫は雲でない事に気付く。
みるみるうちに、黒い雲海は農夫の方へと近付き、その正体を晒す。

「 …… あ … ああ ……、 魔、 魔族!! 」

農夫は草陰に隠れた。 アッと言う間に真上を、 大多数様々な魔族が飛んで行く。
辺りに轟音が轟き始め、火の海になって行く。人々の悲鳴や泣き叫ぶ声が、農夫の耳にも聞こえ初めていた。

「 …終わりだ……。英雄がいないのに… 」

農夫が絶望し、 呆然と燃えゆく王都 心葉を見つめる。

「 そこの人間… 」

不意に後ろから声をかけられ、 農夫はハッとして後ろを振り返った。
声の主を見て、 農夫は目を見開いて驚き、 ガタガタ震える。
そう、 声の主は、 まず人間ではなかった。 ピンク色の鱗状の肌に、 尻尾が有り、 見るからに魔族だった。

「 ヒッ……、 ヒィィィィーーー!! 命…、 命だだだけは… 」

怯える農夫に、 声の主はズシズシと近付き、 農夫の目の前で膝をつくと、 農夫の肩をポンと軽く叩いた。

「 安心しろ。そなたの命を取るつもりなど、毛頭ない。それより、教えてくれ。ココは、東鳩連合王国王都、心葉だな。 」

声の主の問いに、農夫は何度も首を縦に振った。

「 そうか…。 感謝する。 」

そう言うと 声の主は立ち上がり、心葉へと向けて歩き始めた。
農夫は歩カーンと口をあけたまま、声の主の背を見つめる。
フッと立ち止まり、声の主が農夫に声をかけた。

「 安心しろ。 私は、 人間の味方だ。これから、心葉を襲っているアイツ等を倒しに行く。 」
「 ……ヘッ? 」
「 お主にも、家族がおろう。助けに行くがいい。 」

声の主の言葉に、農夫はやるべき事を見出した。

「 家族を助けたら、王族に伝えて欲しい。私の事をな。 」
「 …解りました。何てお伝えすれば… 」
「 龍魔人 アシュタロトが、 訳有って助太刀致す…と。 」
「 解りました。 ……貴方は、本当に魔族なんですか? 」
「 …魔族だ。だが、その中にも、人間に好意的な者もいる事を知って欲しい。 」
「 …正直、今もまだ貴方が怖い。…ですが、私のやるべき事を諭して下さった、アシュタロトさんを、私は信じます。 」
「 ウムッ。では行こう。軍でもそうはもつまい。 」
「 はい。 」

二人は、 走って心葉へと向かって行った。




王都内に入ると、そこはまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
家々は燃え、至る所に死体が横たわり、肉の焦げる臭い、血の臭いが立ち込めていた。
目ざとく二人を見つけた魔族が、二人を殺そうと襲って来る。
が、 アシュタロトのブレスで、 一瞬にして倒された。

「 行け、 人間。 行って、 大切な者を守るのだ。 」

農夫は頷き、 足早に自宅へと向かって行った。

「 さて…、 私も本気で戦うとするか。 」

アシュタロトは、 背中の大剣を抜き、 巨体に似合わぬ素早さで、 心葉を襲っている魔族を斬り捨てて行った。





( 心葉内 王城 リーフ )

王城内では、 正に王国軍と魔族による死闘が繰り広げられていた。 一進一退を繰り返していたが、 徐々に王国軍が押され始めていた。

「 クソッ! これではキリがねぇ!! あかり! 先輩!! 何かでかいの一発、 お見舞いしてくれねえか!!? 」

立派な装備をした青年が、 後方にいる女の子二人に、 声を荒げる。

「 無…無理だよ、 浩之ちゃん! 大きいのを出すと、 味方まで巻き込んじゃうよ!! 」
「 ………… 」
「 何? 私も同意見ですだって? 解ってる。 だが、 このままでは、 東鳩は滅びるぞ!! 」

国王 浩之は、 今まさに究極の選択を迫られていた。

「 …… 」

( クソッ!! …俺に… もっと力が有れば… )

瞬刻の時間だっただろう。 浩之は全ての迷いを捨てて、 非情な判断を下した。

「 兵士に告ぐ! …今から、 あかりと芹香に、 上級魔法を使用させる。 …お前達の命、 王国の為にくれ!! 」

それは、 非情とも言える決断であり、 命令だった。

「 ……国王様……、 畏まりました! 」
「 私達の命が役立つのなら、 喜んで! 」
「 国の為に! そして、 大切な家族の為に!! 」
「 …皆、 済まない。 俺に、 力がないばかりに… 」

浩之が、 兵士に対し、 頭を下げた。
だが、 兵士は誰一人、 浩之を責める様な事はせずに、 浩之に対し、 敬礼した。

「 敵を一箇所に引き付けます。 そこを、 王妃様達の魔法で、 私達共々、 お倒し下さい。 」
「 みんな…済まない。 ………全員、 出撃!! 」

浩之は、 涙を飲み、 悲しみに耐えながら、 兵に非情な命令を下した。
同時に、 あかりと芹香も、 詠唱に入った。
兵士達は、 腕を斬り落とされても、 ブレスで火傷を負っても、  一歩も引かず戦い続けていた。
浩之も、 あかりと芹香を守りながら、 死闘を繰り広げていた。
そして、 詠唱が終わり、 浩之がサッと身を引いた。 それを合図に、 あかりと芹香の上級魔法が、同時に放たれる。

二つの上級魔法が、大多数の魔族と兵士にぶつかる瞬間、ピンク色の巨体が間に割って入り、
二つの上級魔法、ダークミストレインと、メガフレアディメンションは、弾かれて拡散した。
煙が立ち込める中、 次々と肉を斬る音が、 浩之の耳に聞こえる。
煙が晴れた、 その場に浩之が見たものは、魔族とおぼしき者が、魔族を倒し、人間を肩に担ぎ、助けている姿だった。
傷ついた兵を肩に担いだまま、 ピンク肌の魔族は、 浩之の下へと歩み寄って来た。
そして、 浩之の目前に傷ついた兵達を横たえると、 浩之に背中を向けて、 魔族に対し身構えた。
そこへ、 さっき別れた農夫が走ってやって来た。

「 ハァハァ…、 アシュタロトさん、 貴方の方が、 早かったんですね。 」
「 ああ、 済まぬな。 」
「 いいですよ。 お蔭様で、 妻と子を安全な所へ逃がしてやる事が出来ました。 」
「 そうか。 」
「 では、 国王様に伝えて来ます。 」
「 …よろしく頼む。 」

農夫は、 数10メートル離れた浩之の下に歩み寄ると、 膝をついて申し上げをした。

「 申し上げます。 国王様、 あの御方は魔族ですが、 敵では有りません。 私達の強力な味方です。 」
「 ……バカな…。 魔族が、 人間の味方をする? 」

浩之は、 信じられない面持ちで、 アシュタロトを見た。

「 …ですが、 私に、今成すべき事を諭して下さいました。 それに、 ここに来るまで、 かなりの敵を倒しています。 どうか、 お信じ下さい。 」
「 …… 」

浩之は、 後ろのあかりと芹香を見た。 あかりは戸惑っていたが、 芹香はコクンと頷き、 ボソボソと呟いた。

「 …アルテミスの吸血鬼と言う前例も有るって? 」

浩之はアシュタロトの背中を見つめた。

「 …… 」
「 …今はワラをも掴む思いで、 その方の力、 お借りしましょうって。 ……解った。 」

浩之は、 剣を構え、 アシュタロトの横に並ぶ。

「 …貴公、 名は何と言う? 」
「 ……浩之だ。 藤田 浩之 。 この国の王だ。 アンタは? 」
「 龍人族が長、 アシュタロトだ。 理由有って、 相沢 祐一 に会いに行く途中、 魔族の集団がココに向かっているのを見て、 推参仕った。 」
「 …そうか。 ……いいのか? 同族なんだろ? 」
「 構わぬ。 アルテミスのアルクェイド同様、 私も人とは共存して行きたいと願う者だ。 だからこそ、祐一の力になるべく、 里を後にした。 」
「 …… 相沢? 英雄の氏だろう? それ。 」
「そうだ。 相沢 祐貴、 夏美の二人の姓だ。祐一は、彼等のたった一人の息子。英雄の血筋は、未だ続き残っている。希望を持て、人の国の王よ。
そなた達が 『 災いを招く者 』 と称し、忌み嫌っている者は、真の姿は、 そなた達を救う、 真の英雄ぞ。 」
「 ……話は後だ。 まずこいつ等を片付けてから、 じっくり話し合おうぜ! アシュタロト。 」
「 …そうだな。 では、 行くか。 」

二人は、 一斉に攻撃に出た。






( 半日後 )

心葉での戦いは、 主にアシュタロトの働きで、 何とか魔族を退ける事が出来た。

だが、 被害は甚大だった。 まず、 死亡・負傷者が、 国民の50%を超え、 無傷の者は全体の2割程しか
いなかった。 兵士の80%が死亡し、 浩之は各都市から5000づつ、 兵士を派遣する様、 命令を出した。
女性達は進んで怪我人の看護につき、 男達も戦後処理を進んでやり始めた。
浩之は城の中で無事な一番奥にある居室へと、 アシュタロトを案内した。
そこに来るまで、 無論城内を歩いて来たのだが、 やはりと言うか、 アシュタロトへの視線は、憎しみと怒りに満ちたものが多かった。

アシュタロトをそう見ないのは、 怪我を負いながらも城へと運ばれて命助かった国民だけと言えた。
国民は、 その目でアシュタロトが敵の魔族を倒し、 場合に寄っては身を楯にして庇ってくれたのを、しかと見ていたから。
故に、 兵士には恨み、 怒りを抱かれていても、 国民には誰一人恨む者などいなかった。
それに、 アシュタロトが言っていた言葉、 それが人々を勇気付けた。
英雄に血は、 未だ絶えてはいない…と。




「 済まない、 アシュタロト。 でも、 解ってくれ。 人の感情では、 魔族を受け入れる事は難しい事なんだ。 特に、 今は…な。 」
「 承知している。 だが、 私は行動で思いを示すだけだ。 何を言われようと、 私は人の味方をするだけだ。 」
「 …そう言ってくれて、 嬉しいよ。 アンタ程の実力のある者が、 俺達人間の味方になってくれると言うだけでな。 」
「 ……そなたは、 国民にとても好かれているのだな。 」
「 ……ああ、 自覚はないんだが…。 何故かみんな、 俺について来てくれる。 」

浩之は、 嬉しそうに少し微笑んだ。

「 ……国王としての資質を見せて貰った。 そなたは、 真にその地位に値する男だ。 」
「 ……だが…、 もっと力が有れば… 」
「 過ぎた事を気にしてはならない。 大切なのは、 これからだ。 そなたがどう行動し、 どう言った選択をするかだ。 」
「 ……ああ、 頑張ってみるよ。 」

二人は、 握手を交わした。







翌日、アシュタロトは軍議の場へと、浩之の意向で出席した。
浩之が、 どうしてもと言うので、出席したのだ。
名目は戦功労者としてだが、その実、裏では重臣や軍将達による、アシュタロトの実見分なのは明らかであった。

「 皆に紹介する。昨日の戦いで、我々にその大いなる力を貸してくれた、アシュタロト殿だ。 」

浩之に紹介されて、 アシュタロトは立ち上がり、 スッと頭を垂れた。

 『 これは荒れるであろうな。 』

アシュタロトは、会議場内にいる人間達の表情や、 雰囲気を見て感じて、 率直に思った。-

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