第二章
第16話「 壁を壊す助言 」






早駆けで単身、祐一の出迎えに出た七瀬が、祐一の下に到達した時、祐一はすでに気を失い、草原の上にうつ伏せ状態で気を失っていた。
七瀬は落馬しない様、 馬に乗せて体を固定すると、一気に城へと戻った。






城内へと運ばれた祐一は、来賓室のベッドへと寝かされ、 医師や生き残った治療士が何人かつけられた。
御音が怪我人の治療に手が廻らなかったのは、運悪く、治療士達が詰める兵舎を、魔族の一撃によって破壊されてしまったからだった。
その一撃だけで、 1万人近くいた治療士の内、 実に6割が死んでしまった。
残りの4割で戦後の治療に当たっていたのだが、 力の弱い、 または治療士になったばかりの者しか、
生き残らなかった為、 とても手が足りない状況に陥ってしまったのだ。



祐一の放ったル・セイクリッド・メアリーのお蔭なのだろう、 秋子達も目を覚まして、 今は祐一の看護についていた。 
そして、 祐一の体が回復に向かい始めた事を確認した後、 秋子達4人は、 七瀬に連れられて、 謁見の間へと来た。

「 水瀬 秋子 殿、 茜、 フェリシア、 佐祐理王女殿、 今回は手を貸してくれて感謝する。 本当に、 ありがとう。 」

そう言って、 浩平は4人に対して、 スッと頭を下げた。

「いいえ、陛下。私や皆さんは、当然の事を当然に行っただけです。
人を治す力を持っているのだから、その力を怪我をし、困っている方々に対して使うのは、力を持つ者としての、使命、義務と言えるでしょう。 」
「 だが、 現に助けられたのは事実だ。 ここは、 一国の王としての謝意を、 素直に受け取って頂きたい。 」
「 ……解りました。 そう致します。 」

秋子はスッと頭を下げ、 礼意を表した。

「 それで、 相沢 祐一 の件だが… 」
「 …… 」

浩平が祐一の件を話し始めようとした瞬間、 穏やかだった空気が、 一変して殺伐としたものに変わった。
4人の中で、 秋子が表情を変え、 浩平を見据えていた。

『 …クッ…、 噂以上だな、この殺気は… 』
「 …安心しろ、 秋子殿。 仮にも御音の国民達を救ってくれた者に、 いかに我が国が賞金をかけたからと言って、 絶対に無下にはしない。 」
「 …解りました。 」

秋子の表情がスッと戻り、 いつもの微笑んだ表情になる。

「 まず確認だが、 彼は本物、 本人に相違ないかな? 」
「 間違い有りません。 私達の良く知る祐一さんです。 」
「 そうか。 容態は、 貴女達も見た通り、 魔力の使用オーバーにより、 生命エネルギーまで使用した為の、 気絶だ。 明日にでも、 目を覚ます筈だ。 」

浩平の言葉に、 秋子達は一応ホッとした。

「 先刻は話す時間がなかったので、 聞いていなかったが、 どう言う経緯でこうなった? 差し支えなければ、 説明して欲しい。 」
「 解りました。 私が説明致しましょう。 」

秋子が了解し、 場所を会議室へと移した。







「では、 よろしく頼む。 」
「はい。まず、祐一さんの考えを伝えに、佐祐理様が私の所へと戻って来ました。
祐一さんは、華音の優秀な魔術師団を使って、全世界の国々の、被害者を救済をする様、私に、そして国王様に進言してきたのです。
私の所にも、七夜等から逐一情報が入って来ていた為に、世界情勢も解っていましたから、状況に照らし合わせた結果、国王様とも協議の末、秘密裏の派遣が決定しました。 」

そこで一度区切り、 秋子は面々の表情を見る。

「 ……皇帝陛下の前で、 国の軍事情を話すのは、一応国家機密に触れますので、細かい事は省きますが、華音の魔術師団には、大きく分けて、
攻撃特化 ( 主に攻撃系魔法を得意とする )
防衛特化 ( 主に、 防御系・補助魔法を得意とする )
攻・防オールラウンド ( 主に、 攻・防系魔法を、 秋子が定めた一定レベルまで使える )
サポート特化 ( 主に、 サポート魔法を得意とする )
スペシャリスト ( 秋子が定めた高レベルの魔法を、 攻・防・サポート全てにおいて得意とする )と、5つの部門に分かれています。
それぞれが1000人近い集団で、戦闘時も常に各分野一人づつ、5人一組で行動します。 
今回はサポート部門と防衛特化部門をフル動員して、治療士でキュア以上の回復魔法が使える者を、サポート系の魔術士の力で、各国へと送り出しました。
それぞれに、それぞれの国の国王様宛ての書状を持たせまして…。
私も、 華音国内の治療を終えてましたので、すぐに祐一さん達のいる初音島へと飛び、佐祐理様達と相談の末、自分達も各国へ行くと言う事になりました。
フェリシアは、西のエルフ大陸へ、茜は東南のエアー大陸へ、佐祐理様は東鳩で祐一さんの援護を、私も他の大陸へと行き、
先行していた華音の魔術士に色々と命じて来てから、ここ御音へと来たんです。 」
「 ……良く衝突が起きなかったな。 」

率直な疑問を、 浩平が投げかける。

「 有りました。 東鳩で、 祐一さんが名を名乗った途端に、 4人の重職に就く若い将校達に、いきなり仕掛けられました。 」

秋子は、 少ししかめっ面になった。
余程、 頭にくる事だったのだろう。 抑えているとは言え、 その怒気は充分、 一般兵士を怯えさせるのには、 事足りた。

「 他大陸の国々でも、最初は怪しまれました。ですが、誠意は伝わるものですね。 2〜3時間後には、 助け合って、 治療に当たってました。 」

浩平は、改めて華音の底力の強さを、感じた。これも全て、英雄の、そして水瀬 秋子等の、部下に対する日頃の教育の賜物なのだろう。

「 ……会議の件だが… 」
「 はい。 」
「 改めて、 御音で開きたいと思うのだが、 どうかな? 」
「 …… 」

正直、 秋子は少し、 いやかなり訝しがっていた。 今まで捕縛を目的としていた国なのだから、 秋子の疑心も、 当然と言えば当然だが。

「 疑うのも無理はない。 俺はあの男を捕らえる様、 命令した張本人だからな。 だが、 今の俺に、
もうあいつを捕らえる気は、 サラサラない。 必要なら、 指名手配も即フェリシアに外して貰う。
俺は、 知りたくなったんだ。 相沢 祐一 の事わな。 」
「 ……朝倉さんと相談しないと、 私達の独断では… 」

フェリシアが、 申し出た。

「 解った。 では誰か、 俺をディパーティーションで、 初音島へ連れて行ってくれ。 直接、 俺が行ってかけあってくる。 」
「 では、 私が行きます。 」

茜が一歩前に出て、 申し出る。

「 茜…、 ではお願いしますね。 」
「 師姉、 では行きましょう、 陛下。 」
「 ああ 」

茜と浩平は、 初音島へと飛んだ。






「 それで、 私達はどう致しましょうか? 雪見さん 」

秋子が、 七将軍の一人、 深山 雪見に尋ねる。

「 …… では、 少し私の話に付き合って頂きたいのですが、 いいですか? 」
「 了承。 お付き合い致します。 」
「 では、 応接室の方へ。 」

雪見は、 先頭に立って、 応接室へと案内した。 途中、 御音七将軍等や、 王妃 瑞佳も誘い、
応接室で、 お茶を飲みながら、 色々話す事になった。






 ( エターナル城内 応接室 )
 
応接室は、 10畳程の広さで、 長テーブルが置かれ、 12名までが一斉に会せる様になっていた。
今ここにいるのは、七将軍、七瀬 留美、川名 みさき、椎名 繭、上月 澪、深山 雪見、王妃 折原 瑞佳、 
華音側から水瀬 秋子、 フェリシア・B・エテリーテ、 倉田 佐祐理の9人。
上座には、 最年長の秋子が座り、 一応御音と華音側に分かれて座った。





お茶会が始まってから少しして、 雪見が話を切り出した。

「 ますは、 今回の件、 私達からもお礼申し上げます。 」

雪見の言葉に、 七将軍達も、 瑞佳も同様に、 感謝の意を示す。

「 あらあら、 いいんですよ。 先程、 陛下御自身からも、 お礼頂きましたから。 」
「 それでもです。 皆さんが来なければ、 死者はもっと多く出ていたでしょう。 」
「 ……解りました。 陛下の時同様、 謹んでお受け致します。 」
「 ……それで、 お話しなんですが… 」

雪見が、 七瀬や瑞佳と目を合わせ、 二人が頷いたのを見て、 再び視線を秋子に戻す。

「……今まで、私は…、いや、御音は、魔族は人間の敵、人を脅かし、喰らい、不幸を与えるだけの存在。
そう学生の頃から、国民に教えて来ました。
私や、 ここにいる面々も、皆そう教えられ、それは間違いのない真実であり、少しも疑う事なく、半ばすり込みに近い感じで、信じていました。 
…ですが、今私は迷っています。貴女達の言う様に、魔族にも人と共存を願う者もいる。
昨日、貴女達はその魔族が、守りの要にいるから、御音に来れたんだ。
そう言っていました。…それを聞いて、私は迷い始めたんです。
七瀬は、その当人に会った、ただ一人の御音将軍なので、彼女に相談したところ、会って見れば解る、私の気持ちは、茜と同じだからと、言われました。 
…教えて下さい。私は、何を信じればいいのでしょうか? 根底の信念が崩れてしまった今、私は何を信じればいいか、迷っています。 」

雪見のカップをを持つ手は、震えていた。

「 ……それは、 私達も同じだよ、 雪ちゃん。 」
「 みさき… 」
「ここにいる御音の人間で、自分の信念をぐらつかせずに、強く持っているのは、七瀬だけだよ。
前は、間違ってるって、正しいのは自分達だって思ってたけど、
今回の件で、相沢 祐一を含めて、魔族に対する見方や認識が、大きくぐらついたんだよ、七瀬以外、みんなが。 」

みさきの言葉に、 他の将軍や瑞佳も頷いた。

「 …秋子様、 皇妃の私からも、 お願いします。 何かしらの助言を、 私達に頂けませんか? 」
「 ………他国の国家理念に、 私の意見が入ってもいいのでしょうか? 」
「いいえ、それは違います。まず、私達の意識が変わらない限り、国家理念も変わらないと思うのです。ですから、まずは個人と個人として、助言して頂きたいんです。 」
「 …… 」

秋子は、少し悩んだ。
今、御音の中枢たる人物達は、自分達が頑なに信じてきた信念を、根底から覆されて、自分の心が不安定になってしまっている。
若い年齢で国の中枢を任され、大陸一の大国を動かして行くのは、並大抵の事ではなかっただろう。
秋子も、自分が一国の重職を担っている為、その心労は誰よりも解っていた。
故に、 秋子は厳しくあたる事を、 心に決めた。

「 …残念ですが、 私からは何も助言して上げられません。 信念は、 自分の意思で築くものであり、人からアドバイスを受けて築くものではないからです。 」

秋子は、 キッパリと言い切った。 その言葉に、 御音の面々は更に消沈してしまった。

「 …ですが、貴女達の背中を押す事位は出来ます。まず、自国の国民達を、言葉は悪いかも知れませんが、じっくり観察する事です。
国民達が、どんな生活をしているのか、考え方や流行、生活の仕方や、国に対する思い、魔族に対する思い、どんな事でも観察するのです。
自ずと、国を司る重職として、何をすればいいのか、見えてくる筈です。
陛下は、それが出来ているから、貴女達みたいに信念を崩さないでいられるんですよ。身近に、一番いい見本が、いらっしゃるではないですか。 」
「 …… 」
「…ですが、魔族に対する偏見は、それでは難しいですね。 …今、陛下は国主会議を御音で行う為、交渉に行っています。
恐らく、通る事でしょう。会議の時が来たら、私達の仲間も全員、御音に来ます。その時に、その目で見て、心で感じて下さい。私からは以上です。 」
「…… ありがとう御座います。私も、みんなも、 きっと自分なりの信念を見つけてくれると思います。」
「頑張って下さいね。 」

秋子は微笑みを浮かべ、 紅茶を一口啜った。







だが、 次の瞬間、 突然の大音響と共に、 天へと城から火柱が上がった。

「 何!? 何なの!? 」

七瀬が一早く窓際に駆け寄り、 火柱の立つ方向を見た。

「 あっちは……、 来賓室!!?? 」

七瀬が振り返って、 一同を見る。

「 行きましょう、 皆さん。 祐一さんが心配です。 」

秋子は即断した。 そして、 その決断に華音、 御音関係なく頷いた。
どちらの国に取っても、 まずはそれが何よりもの初動だったからだが、非常事態に秋子の決断は、誰よりも適切だったからだ。





数分後、皆は来賓室についた。
部屋のドアは吹っ飛び、 辺り一面壁が破壊され、兵士は皆生きているものの、誰もが重傷を負い、天井はなくなっていた。
部屋の中では、後から来たであろう兵士4〜5人が、祐一の手足を押さえつけ、その祐一の上に、黒い翼を生やした、見るからに魔族の女の子が、何やら行っていた。

「 そこまでです!! 」

秋子が兵士と魔族の女の子に対し、 怒気を含んで一喝する。
兵士は吃驚しながらも、それでも押さえつけるのをやめず、 代わりに女の子が秋子達の方を向いた。
その女の子の顔を見て、七瀬が驚きを露わにして、 名前を叫んだ。

「 あ……あゆちゃん!?」
「 うぐぅ!? 」

あゆが吃驚して、七瀬達の方を向いた。

「留美さん!誰か、手伝って!!早くしないと、祐一くんが!! 」

あゆの必死な形相に、すかさず七瀬とフェリシア、佐祐理が駆け寄った。




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