第三章
華音編第5話「 福沢 祐巳 」









 男性は振り返り、 乃梨子達の方へと歩み寄る。

「 大丈夫か? 」
「 えっ? あ……、 はい。 私は……、 大丈夫です。 」

突然男性に声をかけられて、 乃梨子はドギマギしながら答えた。

「 そうか。 ……ん? あの白髪の女性は、 早く応急処置しないと危ないな。 」

そう言われて、 乃梨子はハッとし、 咄嗟に祥子に預けた姉を見る。

「 お姉さま……。 」

乃梨子が傍へと行き、 祥子からその身を受け取る。
まだ、 息は有る。だが、息が有ると言うだけで、いつ引き取ってもおかしくない状況だった。






「 あの、 失礼致しますが、 貴方は華音軍からの方ですか? 」

皆を代表して、 祥子が男性に質問した。
男性、 相沢 祐一 は、 黙ったままコクンと頷いた。

「 窮地を助けて頂き、 ありがとう御座いました。 」
「 ……無事で良かった。 それより、あの白髪の子の治療を、 最優先にしたい。あのままでは、 後小一時間程で死んでしまう。 」

「 ……解りました。 至急、 薔薇の館へと搬入します。 」
「 俺も行こう。 」
「 治療魔法は出来ますか? 」
「 …… 」

祐一は、 黙ったままコクンと頷いた。

「 では、 こちらへどうぞ。 一応、 女性だけの学園ですので、 念の為に、 ぶしつけな質問をしてしまい、 お詫び申し上げます。 」
「 いや、 気にしないでくれ。 当然の配慮だと思う。 」
「 申し遅れました。 私はロサ・キネンシス を勤めています、 小笠原 祥子 と申します。 」
「 ロサ・キネンシス? 」
「 はい。 リリアン女学園では、 生徒会長を3人選出しまして、 合議制で全ての事を決定しています。
その3人の生徒会長を、 紅、 白、 黄の薔薇に例え、 薔薇様と称しています。 」
「 ……そうか。 俺は、 相沢 祐一 だ。 自己紹介が遅れて済まない。 」
「 えっ……? 」

祐一が自己紹介をした途端、 廻りの女生徒が全員フリーズした。

「 ? ……どうしたんだ? 」
「 …… えっ? 華音軍のトップの将軍様……、 なのですか? 」
「 ……一応、 そうだが。 」
「 ……済みません。 祐一様自らが応援に来て下さるとは、 思ってもみなかったものですから。驚きが大きくて……。 」
「 いや、 構わない。 それより、 急ごう。 この女性は一分一秒を争う。 」
「 解りました。 」

祐一と祥子達は、 大至急で祐巳を薔薇の館へと運んだ。






 ( 薔薇の館内2階 会議室 )

祐巳が薔薇の館の2階会議室へと運び込まれてから、3時間が経過した。
祐一の治療魔術と、気の力を分ける特殊な施術のかい有って、祐巳の頭髪は黒へと戻り、命の危機は脱した。
その方法が接吻によるものだったので、少しゴタついたが、リリアン女生徒達には成す術がなく、それで助かるならと、 祐一に委ねられた。
無事峠を越えたところで、 妹である乃梨子を看護に付け、 祐一と祥子達は、 2階に有るもう一つの会議室へと場所を移した。

「 本当に、 祐巳を救って頂き、 心から感謝致します。 」

祥子が、 再び祐一に頭を下げる。

「 ……そんなに畏まらないでくれ。 当然の事をしたまでだ。 」
「 ですが……。 」
「 今、 華音が魔族に襲われているのは、俺がこの華音にいるからだ。
俺の力は、魔族にとって脅威に見えるらしい。原因である俺に感謝する必要はない。治療して当然と思って欲しい。 」
「 ……その事は、ここリリアンの名誉学園長であられます、水瀬 秋子 様より、お聞きしています。
それは、祐一様の責ではないと思います。それは、このリリアン、ひいては華音に生きる

全ての人々の総意と、 私は見ています。 」

「 ……ありがとう。 」

そう言って、 祐一は窓の外を見た。

「 それにしても……、 何故この学園を……。 」
「 ……きっと、 このリリアンから卒業される女生徒の殆どが、 華音の魔術士団へと、 優先的に就くからでしょう。 」
「 ……? 」
「 ここリリアンは、主に神教の信仰、魔術士の育成を目的として、秋子様が宰相に就かれたその年に、建立されました。
以来、魔術士団の魔術士は、殆どがここリリアン出身の方々で構成されています。
お気付きでしょうか? 魔術士団には、 男性の方はたったの10人程しかいらっしゃらないのですが……。 」
「 いや、 初めて知った。 確かに、 魔力は男性より女性の方が、 総じて高い。 それは、女性が命を産み出す存在だからだ。 」
「 博識でいらっしゃいますね。 」

そう言って、祥子は初めて、祐一に対して微笑を浮かべた。

「 ……だが、 そう言う事か……。 」

祐一はあごに手を添えて、 考えに耽る。
祥子はその間に、 給湯室でお湯を沸かし、 戻って来た山百合会幹部達の分まで、 紅茶を入れた。
タイミング良く、 令、 由乃、 可南子、 瞳子、 志摩子、 乃梨子が、 会議室のドアを開けて入って来た。
と、 窓際に立ち、 何か考え事をしている祐一を見て、 乃梨子以外の皆が、 ジーっと祐一に注目した。

「 みんな、 何を突っ立っているのかしら? 」

祥子がマグカップを一つづつ、 テーブルの上に置きながら、 由乃達に席に着くよう、 促した。
そして、 言われた全員( 祐巳以外 ) が、 席に着く。

「 乃梨子ちゃんはもう知っているけれど、こちらの男性は華音王国軍将軍、相沢 祐一様です。
今回、私達の窮地を救って下さいました。祐巳が瀕死の状況にまで追い込まれましたが、 祐一様の力により、 今は休息しています。 」

祥子の紹介と、 今回の戦いによる報告を聞き、 皆一様に驚いていた。
祐一は祥子の隣りに立ち、 スッと会釈した。






皆の紹介が済み、 全員が着席し、 会議が始まる。
各部署の被害報告、 損害報告が続き、 それぞれに対する対応策が、 すぐさま練られて行く。
一連の雑務が終わった後、 話は祐巳の事になった。

「 あの娘は、 ここでは一番潜在能力が高いな。 」

祐一の言葉に、 祥子が黙って頷く。

「 ……はい……。祐巳は、攻撃系も補助系も、中級までしか出来ないのですが、
ただ一つ、対物理障壁、対魔術障壁の才能だけは、ズバ抜けていて、リリアンでは一番なのです。 その為、
今回の様に、魔力が尽きた場合、最後の壁として、祐巳が出るのですが……。 」
「 …… 少ししか見てないが、 彼女の潜在能力は、 秋子さんに匹敵するだろう。

魔力の調整力と顕在能力が少し劣るだけで、 それさえ鍛えれば、 絶対の三大魔女クラスの強さは持てる筈だ。 」

祐一の言葉に、 祥子は少し驚きの表情を浮かべるが、 コクンと頷いた。

「 自分の実力に、気付いて自信を持てば、今より更に上のレベルへと行けるのに、祐巳はまったく自分に自信を持てないし、優し過ぎるところがありますから……。 」
「 ……え〜と、ロサ・キネンシス …だったかな? 」

「 祥子で構いませんわ。 」
「 済まない。で、祥子さん、彼女が目を覚ましたら、リリアンの女生徒の中から、40名程の即戦力となる者を選出し、華音王都への派遣準備をして欲しい。 」
「 ……出動要請と受け取ってよろしいのですね? 」

祥子の言葉に、 祐一は黙ったまま頷いた。

「 私と祐巳、 令は必ず含む。 それも含まれて…、 でよろしいでしょうか? 」
「 話が早くて有難い。 リリアンには、 俺が結界を張って行くから、 安心してくれ。 」
「 解りました。 令、 華音王都への出動隊の編成、 お願い出来るかしら? 」
「 いいよ。 私と由乃でやっておく。 祥子は祐巳ちゃんを看て。 それと、 祐一様の接待。 」
「 解っていてよ。 志摩子、 紅茶をお願い。 」
「 はい、 お姉さま。 」

志摩子が立ち上がり、 流しへと行き、 お湯を沸かす。 紅茶を入れ、 皆の前へと配った。

「 それと、 これは今日戦闘前に決まった事だが、 華音、 アルテミス、 東鳩、 御音、 AIRは、同盟を結ぶ事になった。 」
「 !? …… 御音ともですか? 祐一様。 」

令が、 疑問を祐一に投げかける。
それに対し、 祐一はコクンと頷いた。

「 詳しくは知らないが、 秋子さんによると、 リリアン出身の優秀な人材が、 各国にいる様だな。何人か、 華音に呼び戻すと言っていた。 」
「 祐一様、 では、 今から申し上げる、 三人の方を呼び戻して頂けませんか? 」
「 …… 名は? 」
「 私、小笠原祥子の姉、元ロサ・キネンシス水野蓉子様。令の姉、元ロサ・フェティダ鳥居江利子様。祐巳の姉、元ロサ・ギガンティア佐藤聖様。 
いずれの方も、華音、東鳩、AIRへと雇用され、赴任されています。」
「 ……力量は? 」
「 お三方とも、ここリリアンでは常にTOP3を独占、それぞれ基本八属性の内、七属性を究極まで極め、
私の姉様は、華音で宰相付き護衛官の護衛長を、
江利子様は、東鳩で魔術士団の副団長を。
聖様は、AIRの魔術士団の、 やはり副団長をされています。 」
「 ……解った。 華音は俺の権限で何とでも出来る。 編成された40名を連れ帰ったら、東鳩王妃とAIRの将軍に掛け合ってみよう。 」
「 よろしくお願いします。 」

祥子が頭を下げた丁度その時、 ビスケットの様な扉が開き、 寝ていた筈の祐巳が、ひょこっと顔を出した。

「 祐巳、 大丈夫なの? 起きて。 」

祥子が歩み寄り、 祐巳の肩を抱く。

「 はい、 何とも……。 何で生きてるの私? と言う感じですが。 」
「 祐一様が助けて下さったのよ、 祐巳。 」
「 祐一様? 」

そう言って、 祐巳は室内にいる唯一の男性に方を見る。
……。
祐一の目が、 祐巳の目を。
祐巳の目が、 祐一の目を。
ジッと見つめる。

「 …… 似ている ……。 」

ふと、 祐一が一言漏らした。
祐一以外が、 ?と言う顔になる。

「 良い目をしている。 福沢 祐巳 ……と言ったかな? 」
「 は … はい。 あの、 私を助けて下さったそうで……。 」
「 礼はいい。 出来る事をしたまで。 礼には及ばない。 」
「 それでも、 ありがとうございます。 」
「 ……律儀だな。解った、受け取っておく。 ところで……。 」
「 はい? 」
「 ……君は、今より強くなる気は有るか? 」
「 え … えっと……。 」
「 今より更に力を付け、使える魔術を格段に増やし、大魔術士を目指す気は有るか?その力で、人々を助けたい、力になりたいと言う思いは有るか? 」
「 …… 」

祐巳は俯いて、 思案に入った。

『 今よりもっと …… 強くなって、 より多くの人々を助ける……。 』

祐巳は、 思いを一つにした。

「 私は、 強くなれますか? 障壁にしか才能のない私が……。 」
「 障壁やアンチ・シールド等の魔術は、魔術の中では最も難しい分野だ。殆ど才能が有るか無いかで決まると言っても過言じゃない。
何せ、魔術を魔術で返すと言う矛盾が有るのだから。君には君が思ってる以上の才能が有る。
あれ程の範囲の防御障壁を張れると言う事は、ここにいる誰よりも、君は強大な才能を有している証拠だ。俺が師となって教える。 」
「 え …… え〜〜〜!!! そ … そんな、 祐一さん …… え? え? 何処かで聞いた覚えが……。 」

祐巳が祥子達の方を見る。

「 …… 祐巳、 その方は、 華音王国将軍、 相沢 祐一 様よ。 」
「 …… !? !? !? 」

祐巳は、 見るからにワタワタし始めた。

「 落ち着け。 」
「 は …… はははははい!え…… えとえと ……、スーハースーハー。
…… フ〜ッ、落 …… 落ち着いた。えと、祐一様、私を弟子に……、との事ですか? 」

祐一は、 祐巳の言葉に黙って頷いた。

「 …… 私なんかでいいんですか? 」
「 君がいい。 いや、 君しか出来ない。 それ程に、 俺は君を買っている。 どうする? 」
「 ……よろしくお願いします。 今よりもっと強くなって、 もっと多くの人を守れる様になれるのなら、私は強くなりたいです。 」
「 解った。 祥子さん、 いいかな? 」
「 はい。 でも、 祐巳が羨ましいですね。 」
「 この子以外の32名は、 秋子さんと茜に師事して貰う。 今以上に実力を上げて貰うつもりだ。

そしてリリアンには、 後程実力者を送る。 リリアン全体のレベルも上げさせて頂く。 
祥子さん、 貴女も励んでくれ。 」

「 ありがとう御座います。 令、 ピックアップは終わったかしら? 」
「 うん、 今丁度終わったよ。 」
「 では、 呼び出して、 集合し次第、 華音へと出発します。 」

祥子の号令で、 祐一と祐巳以外の山百合会幹部が薔薇の館を出て、 派遣メンバーに声をかけ、薔薇の館に集合する旨を伝えに行った。






20分後、 薔薇の館の前には、 40名+祥子、 令、 祐巳が集合した。

「 リリアンの生徒の中から選出された、40名の皆さん、話はお聞きの通り、貴女方には、私やロサ・フェティダ、 ロサ・ギガンティアを含め、王都華音への出動要請が下りました。 」

そう言って、祥子が祐一を右腕で指し示し、紹介する。

「 こちらの御方は、華音王国将軍、相沢祐一様です。祐一様の御下命により、まだ未熟な学生である私達ですが、派遣する事になりました。
今ここにいる方々は、成績優秀者や実力者の方々です。胸を張って、 リリアンで培った力を発揮して下さい。 」

そう言って、 祥子は一歩下がった。
そして、 祐一が前に出る。

「 ロサ・キネンシスに紹介に預かった、相沢祐一だ。正直に言う。実のところ、王都の兵士は足りている。
今ここにいる40名と三薔薇さまには、今以上の力を得て貰う為に、派遣と言う形を取った。
だが、実戦も近い未来有るだろう。もしかしたら、同じ人と戦う事になるかも知れない。 その覚悟もして欲しい。
君達の修練には、水瀬秋子魔術士団長と、御音七将軍 『 絶対の金 』 里村 茜 がつく。皆、 頑張ってくれ。 」

そう言って、 祐一は一歩下がった。

「 では皆さん、 覚悟はよろしいですか? 」

祥子の言葉に、 40名と黄薔薇、 白薔薇全員が頷いた。

「 祐一様、 準備が整いました。 以後の命令権は、 祐一様に有ります。 」
「 解った。では、俺がリリアン全体に結界を張り終えるまで待機。終わり次第、俺の実力を見て貰う意味も含めて、俺が君達全員を華音へと送る。」

そう言って、祐一は詠唱へと入った。

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