外伝第一話「悲しき別離」





 人々の悲鳴、 戦う為に、 己を鼓舞する兵士の怒号、 人外な力で暴れる、 魔物や魔族。
至る所で立ち昇る、 火事による黒煙、 逃げ惑う人々、 正に阿鼻叫喚の地獄絵図が今、 華音王国で現実になっていた。
第一次人魔大戦から12年後、滅んだと思われ、信じられていた魔族が、突如華音王国を、大群で襲撃してきた。 
空は黒く覆われ、 大地は鳴動し、 魔族の集団が通り過ぎた後には、無数の人々の死体が、 無惨な姿で横たわっていた。




 ダッ…… ドシャッ!!

 一人の40代前半の男が、 自分より二回り程大きい魔物を屠った。

 「 シャインスパーク!! 」

 妙齢の女性が、 光系魔法で、 魔物を焼き殺す。



「 クッ…、 何て数なの? 」

女が、 魔物の群れを見て、 悔しそうに呟く。

「 確かにな…。 魔王は滅んだ。 それなのに、 何故12年も経った今、 再び襲撃に来る。 」

男も、 魔物を睨みながら、 愚痴った。
と、 5〜6匹のイブル ・ カトラが、 二人に襲いかかる。
が、 二人はいとも簡単に攻撃をかわし、 全て一刀のの下に、 一魔法の力で、 倒してしまった。

「 夏美、 もしかしたら… 」
「 言わないで、 祐貴。 それしか、 可能性はないわ。 」
「 …そうか。 」

二人の導き出した推測、 それは、 魔王の復活。
それは、 平和だった12年間から、 一転して世界を恐怖で覆う程の事だ。

「 …祐一には、 そんな世界を見せたくないわ。 」

夏美が、 片腕に抱っこしている祐一の顔を見る。
不安気な表情を見せながらも、 祐一は泣き言を一切言わないでいた。

「 とにかく、 今は王宮へ急ごう! 」
「 ええ! 」

二人は祐一を連れて、 王宮へと向かって走って行った。



 数多の魔物を屠りながら、 王宮に着いた二人は、 国王 倉田 典善 と、 合流した。

「 国王様、 ご無事でしたか! 」
「 おお、祐貴。 よくぞここまで来たな。 無事で何よりだ。 」
「 国王様こそ。 して、 状況は? 把握出来ていますか? 」
「 うむ。 南はほぼ制圧し、 魔物は殆ど滅んだ。 秋子君が、 頑張ってくれたからな。 」
「 ほう? 」
「 西側も、 今 『 天空 』 が押している。 東も、 『 煉獄 』 が頑張っている。 」
「 そうですか。 」
「 問題は北だ。 『 宮廷 』 が出て頑張ってはいるが、 どうやらここにより強い魔物が配置された様だ。 膠着状態に陥っている。 」
「 ……では、 私と夏美が行きましょう。 」
「 行ってくれるか? 」
「 行かなければ、 私達はこの戦いを乗り切れませんわ。 」

夏美が祐一を、 王妃の佐里奈に託す。

「 お預かりしますね、 夏美さん。 」
「 お願いします。 」
「 それでは国王様、 相沢 祐貴、 夏美、 魔族の掃討に出ます。 」

祐貴と夏美は跪き、 頭を垂れた。

「 よろしく頼む。 」
「「 ハッ。 」」

 二人は立ち上がると、 走って城から出撃した。
10数分後、 二人は北門に到着した。 
だが、 北門の辺りには、 華音王国の兵士達の、無惨な死体が、あちこちに散乱していた。
体のどっかしらの部分を失っているもの。
逆に、一部分しか残ってない死体も有った。
その中で、 数体のまだまともな死に様を晒していた、甲冑の色が一般兵士とは違う遺体の元に、祐貴は歩み寄り、そっと死体を抱き上げた。

「 北川……、お前程の男が…… 」

祐貴の目から、涙が零れ落ちる。左手を失い、 力尽きた親友が、 そこにいた。
夏美も、黙祷しながら、 涙を零す。

「石橋の御爺様も……、 齊藤君も……、 川澄君まで…… 」

 親友の名を、 又は師匠の名を呟く夏美。 しかし、 もう皆は、 この世にはいない。

「 まったく理解出来んな。 」
「「 !! 」」

突然の声に、 二人は声のした方を向く。
そこには、 固そうな鱗を持ち、 その姿は、 まさに龍人、 2〜3mはあるだろう、 一人の
魔族が立っていた。

 「 これをやったのは、 貴様か? 」

 祐貴の質問に、 魔族は黙って頷いた。

「そうか……・ 答えろ。 何故、 この華音を襲った。 」
「ほぅ…、 我が首謀者と、 良く看破したな。 」
「簡単な話だ。今華音を襲っている魔物は、どいつも人語を理解しないし、話せない。人語を理解し、話せるのは、上級魔族の、限られた者だけだ。 」

「 良く知っているな。流石は相沢 祐貴、前魔王、我が弟アフタリアを倒しただけのことはある。 」
「 弟? 」

祐貴の顔が、 怒りから驚きに変わった。

「 そうだ。 我が愚弟 アフタリア、 お前が12年前に倒した魔王だ。 」

お前等にとっては……、 だけどな。
そう心の中で呟く魔物。

「 …兄… 」
「 そんな… 」

二人は、 魔王となる存在を目の当たりにし、 目を見開いた。

「 弟を倒したお前等には、 死ぬ前に教えてやろう。 」

魔物…、 いや、 人語を理解し、 話している時点で、 上級魔族に間違いない。
上級魔族は、 組んだ腕を解き、 語り始めた。

「 弟 アフタリアは、 お前等人間にとっては、 魔王だったのだろう。 だが、 我等魔族にとっては、 人界攻撃の為の、 方面司令官でしかない。 」
「「 …… 」」

 二人は唾を飲み込んだ。

 「魔王と呼ばれる存在は、 私を含め、 4人いる。 そして、我等4人の上に、 大魔王様がいらっしゃる。 」

「 …… 」
「 …何て……事なの… 」

 二人の衝撃は大きかった。

「 フフフ、 ショックだったか。 自分達の倒した魔王が、 いや、 魔王と思っていた者が、実は魔族では、 たいしたクラスではなかった事が…… 」
「 …ああ、 大きかった。 だが、 俺はここでショックに打ち拉がれてる暇はないんだ。
俺や夏美では、 到底貴様には敵わないだろう。 アフタリアでさえ、 俺達はかなり苦戦したんだ。
その兄である貴様に、 敵う道理はない。 だが、 只では死なん! 」
「 望むところよ! 愛しい国を、 民を、 息子を、 みすみすお前に壊させやしない! 」

二人がスッと、 戦闘態勢に入った。

「 それでいい。 私の目的は、 弟を倒した者と、 戦う事だからな!! 我が名は アフタリス! 4魔王が一人、 いざ、 尋常に勝負!! 」

アフタリスがダッシュし、 素早く祐貴の攻撃回避圏内へと入ってくる。

 シュッ!!

アフタリスの正拳が、 祐貴めがけて放たれる。

 スッ  ススッ

祐貴は絶妙な足捌きで、 アフタリスの正拳をかわした。
そして、 かわしつつアフタリスの背後を取り、 脇腹に裏拳を放つ。

ドゴォッ!!

肉を打つ音が、 辺りに響く。

「 グォッ!! 」

アフタリスは、 苦悶の表情を浮かべながら、 祐貴と距離を取った。

「 フフ、 やるな。 」
「 舐めるな。 手加減してると、 ネズミに喉元噛み切られるぞ!! 」

 祐貴は剣を抜き、 正眼に構えた。

 「 それは失礼した。 」

 アフタリスは、 表情を引き締め、 半身に構える。

 「 では、 本気で参る!! 」

 と、 フッと姿が、突然消えた。

 「 なっ!! グァッ!! 」

 アフタリスが突然目の前に現れ、 祐貴の鳩尾に、 強烈なボディーブローを喰らわせる。
祐貴は10m程吹っ飛ばされ、 木に強かに全身を打ち付けた。
と、 アフタリスへ向けて、 氷の矢が20本近く飛来してきた。

 「 まだ、 私がいるのよ! 」

 夏美のアイシクルエッジが、 アフタリスに当たる。
と、 同時に詠唱していた、 治療魔法  レジェンディアを、 祐貴にかける。
祐貴の怪我がゆっくり治り、 ゆっくりと立ち上がった。

「 ダブルマジックとは……。 人間とは、 なかなか侮れぬものだな。 」
「 良く言うわね。 まともに喰らったのに、 傷一つないくせに……。 」
「 イツツ……。 一撃でKOされた…。 ……夏美、 覚悟は出来てるな? 」
「 …ええ、仕方ないわね。 こうも力の差が有る以上、 もうそれしかないわ。 」

 二人の表情は、笑ってはいるが、何か重大な決意をした、 迫力の有るものだった。
アフタリスも、 それは敏感に感じとっていた。
二人は戦闘態勢のまま、 お互いを見つめ合うと、 微かに微笑みを浮かべた。

「 残念なのは…… 」
「 もう、 祐一の顔を見れない事ね…… 」

 二人は手を取り合うと、 同時に同じ詠唱に入ろうとした。
そこへ、思ってもみなかった者が、 闖入してきた。

「 お父さん、 お母さん。 」

二人は聞き覚えのある声に、 声がした方に振り向き、 目を見開いた。

「「 祐一!! 」」

そこには、 王城から抜け出して、 北門まで走ってきた祐一が、 二人を見上げていた。

 祐一は二人の元に駆け寄り、 二人に抱きついた。

 「 お父さん、 お母さん 」

 不安で仕方なかったのだろう。 
抱きついた瞬間、 祐一は、 涙をポロポロ零し始めた。

「 祐一…… 」
「 ……… 」

 二人は、 そっと祐一を抱き締めた。

「 ………お前達の子か? 」

 アフタリスが、 家族の触れ合いの中、 質問する。
祐貴と夏美がアフタリスの方を向き、 頷いた。

 「 そうか。 では、 待つとしよう。 今生の別れに、 なるやも知れぬからな。 」

 アフタリスは、 近くの瓦礫に座り、 腕を組んで目を閉じた。

 「 済まないな、 邪魔が入ってしまって。 」

 祐貴が、 アフタリスに礼を言う。
それは、相手が魔族であろうと、 戦士に対しての礼儀を通す、 アフタリスへの謝意だった。
これから、 命を賭けて戦う相手だからこそ、 最大限の敬意を払う。
アフタリスもまた、 誇り高い戦士だった。

「 お父さん? お母さん? 」

 祐一が、怪訝そうに祐貴と夏美の顔を見つめる。

 「 祐一……、 良く聞いてね? 」

 祐一は、 夏美の顔を見つめた。

 「 お母さんとお父さんはね、 あそこで座って待っている魔族と、 今は命を賭けて戦っているの。
貴方がいきなり現れたから、 あの魔族は、 私達に敬意を表し、 ああして待ってくれてるの。
祐一、 離れていなさい。 そして、 貴方だけでも生きなさい。 」
「 祐一、 済まないな。 父さんと母さんは、 どうやらここまでの様だ。 」
「 ……そんなの……嫌だよ…… 」
「父さん達だって、祐一と共に、もっと生きていたかった。だけどな、戦士には、命を賭けて戦わなければならない時がある。
そして、それは今なんだ。祐一、お前は俺と夏美の息子だ。 お前を残して死ぬのは偲びないが、戦士として、 誇り高い死を、俺達に選ばせてくれ。 」

祐貴と夏美が、 まっすぐに見つめてくる祐一の瞳を、 まっすぐに見つめ返した。
祐一は、 涙を零しながらも、 ゆっくり頷いた。
二人は、 祐一を下ろし、 20m程離れさせた。

「 待たせたな。 」

祐貴が、 アフタリスに声をかける。
アフタリスは立ち上がり、 再び相見える。

「 お別れは済んだか? 」
「 ……ああ…… 」
「 そうか……。 」
「 ……一つだけ、 約束しろ。 」
「 ……何だ? 」
「 祐一は……、 息子はこの死闘には関係ない。 決着がついても、 一切手を出すな。 」
「 ………では、こうしよう。 今からお前等は、 私に対して自己犠牲の技を放つ。それは間違いないな。 」
「 ……ああ…、 良く解ったな。 」
「先程の、思い詰めた表情を見ればな。 もしそれを耐えきれば、 私の勝ち。 
この子は私が引き取ろう。だが、もし私が倒れれば、この子は自由だ。無論、お前達も死なぬ様にしてやる。それ位の力は、私にも有るからな。 」

 二人は少し思案した後、 アフタリスに対して頷いた。

「 これだけは、約束しろ。例えどんな苦境に立たせてもいい。殺したり、死なせたりだけはするな。自ら死を選んだ場合を除いてだ。 」
「 上級魔族として、魔王として、誇り高き戦士として、それは約束しよう。 」
「 では…… 」
「 参ります…… 」

二人は再び手を取り合い、 同時に同じ詠唱に入った。



 【 聖を司る大精霊 アルテミスよ  邪を葬るその力を 我等に与え給え魔なる者を 聖光の彼方へと導き滅さん!! 】

 二人の体が、 山吹色に輝き始めた。



 【 聖の精霊よ 我等の命の煌めき持ちて 全ての魔を滅し給え 】

 更に、 光が強くなる。


 【 悔い改めよ! 不浄の者よ! 罷り通るは!! 大いなる大聖光!! 】

 二人の体の回りに、 清浄なる光が収束し始める。


 【 光あれ!! 】

 ( 祐一… 先に逝く父を…… 許してくれ…… )

 【 幸あれ!! 】

 ( 祐ちゃん……傍にいてあげられなくなるけど……幸せに生きて… )

 【 裁きあれ!! 】

 二人の廻りに、 4つの光球が現れ、 菱形状に配置される。

 その4つの光球から線状の光が現れ、 光球同士が結ばれる。


 『     昇天!!!!!     』















 (( さよなら…… ))

 祐一……















               【    大天舞讃歌!!!    】( ル・セイクリッドメアリー )















 光の波動が、 4つの光球の真ん中から飛び出し、 アフタリスですら反応しきれないスピードで、アフタリスに直撃。 
アフタリスは、 光の渦に包まれ、 大絶叫を上げた。

 「 ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!! 」



 祐貴と夏美は、 しばらく身動き一つしなかったが、 やがて力尽き、 大地へと倒れた。
すでに息はしていなかった。 
祐一は二人の傍に駆け寄り、 二人の体を揺する。

 「 お父さん、 起きて!! お母さん、 目を開けて!! ………ねぇ、 起きてよ……。

 ……起きて、 お城に帰ろう…。 僕、 お父さんとお母さんを迎えにいきたくて、 城を抜け出したんだよ? ねぇ…… 」

幼心に 祐一は理解していた。 もう大好きな父と母は、 生きていない事を。 
祐一の両目からは、大粒の涙がポロポロと溢れ出ていた。
と、 祐一の後ろの方で、 瓦礫をどかす音がした。

「 グググッ…、 まさかこんな奥の手が有ったとはな。 ……流石に私でも危なかったな。 …ん? 」

ふとアフタリスは、 足元を見た。
祐一が、 アフタリスを見上げて、 真っ直ぐに見つめていた。

「 お前が父さんと母さんを殺したんだ!! 」

アフタリスの足を、 祐一は何度も…、 何度も、 アフタリスの固い皮膚に、 祐一自身の
足が傷つき、 血塗れになっても、 祐一は蹴り続けた。
そして、 いきなり両手を突き出すと、 無詠唱で、 法が展開され始めた。
アフタリスはギョッとし、 回避しようと動いたが、 すでに動作に入るのが遅すぎた。
魔法は形を成し、 一本の巨大な炎の矢が、 祐一の突き出されている両腕の先端に浮かんでいる。
そして、 その炎の矢は、 アフタリスめがけて放たれた。
アフタリスはかわしきれず、 左腕を根刮ぎ持っていかれた。

 アフタリスは、 魔法の無詠唱使用で気絶した祐一の傍までくると、 祐一を抱き上げ、 そして飛び去った。 
同時に魔物の大群も華音から急速に引き上げ、 華音は辛うじて、魔族の大襲撃を乗り切った。

 ( この少年、もしかすると、あの二人以上の、天賦の才を有しているやもしれんな。 左腕を失ってしまったが、 この少年を得られたのであれば、 惜しくはない。 」

 久し振りに、アフタリスが心から微笑んだ。

 「 待っていろ、 ルシフェル。 」















 ( 2日後 )


 この日、 相沢 祐貴

      相沢 夏美

      北川 恵一

      川澄 雄勁

      石橋 玄蔵

その他多くの兵士や国民の、 葬儀が行われた。
この出来事は、 祐一の失踪と共に、 華音王国の民達に、 強く刻まれる事になる。
残された秋子は、 祐一の生存を信じ、 いつか再会出来る事を信じ、 希望を捨てない事を、国民にも促した。 
そして、 再会は遠い未来に実現される事となる。


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