小高い丘の上、十数人の集団が燃える城を見詰めていた。

「都市国家雪舞・・・・滅ぶ・・・か」
「仕方ありませんよ・・・王は禁断に手を染めてしまったのですから・・・」
「団長、稟や純一が避難民を近くの宿場まで送り届けまもなく合流予定です。」

魔族との同化を望み、結果暴走しかけた国家は彼らによって食い止められた。
住民の半数を逃がす事に成功したとはいえ、その死者は少なくない、
早期に察知して食い止めようとしたものの、遅れてしまった事にリーダーは悲痛の瞳で見詰めていた。

「都市国家雪華と雪夢を繋ぐ要所ですから水瀬と倉田で復興するでしょう、幸いに雪華に公子が留学で生存しております。」
「なれば・・・」
「その旨といきさつを自由騎士団ヴァルハラの銘ですでに送ってあります。」
「そうか・・・いつもながら手回しが良いな。」
「まぁ、それが戦闘の出来ない私の仕事ですからね。」

自虐的に笑む男だが、彼も元は豪腕で慣らした男だったのだが、魔族との戦いで片腕を失っている、
再生の魔術によって失った右腕は再生されたものの、鍛え上げた筋力は戻らなかったのである。

「ランキン、稟達との合流ポイントまで移動するぞ。」
「了解致しました。」



それから数ヶ月ののち


「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・」

見通しの悪い森から背の高い草の生えるちょっとした丘で少女は魔獣の群れに襲われていた。
とある目的の為に街道を外れて森の奥に入り込み、目的は達したものの、
戻る途中で瘴気に当てられ魔獣と化した狼の群れに出会ってしまったのだ。
通常ならば魔獣であっても自ら人を襲う事は少ない。
少女の場合はテリトリーに侵入してしまったのがまずかったのだ。

「真空かまい太刀!!」

少女は手にしている剣を高速で薙いだ。
剣先より生まれた真空の刃が数匹の魔獣を切断する。

「雷電!!」

空中に描いた魔法陣から雷の様に不定の軌跡を描いて電が走る。
少女の周囲にはすでに十匹ほどの死骸があるが、走って逃げて来た事もあり、残存体力は少なくなっていた。

ガサッ

「しまったっ!」

息を直した一瞬の隙を突いて少女の足に一匹が噛みつき、
少女の剣がそれを屠ったと同時に反対から魔獣が飛びかかった。

「キャッ!!」

ピキィィィ

無理な軌跡で振るった剣が衝撃で折れてしまう。
変な角度で魔獣の骨を切断した為だろう。

「まだまだっ!」

折れた剣を魔獣に叩き付け、無事な足のみで跳躍して距離を稼いだはずだったのだが、
着地した少女に写るのはタイミングを合わせて飛びかかる魔獣の姿だった。
左腕に装着している手甲に牙が喰らい込み、さらに無事だった右足にも噛みつかれてしまう、
左腕の魔獣を右足の魔獣に叩き付ける事によって魔獣は一端離れたものの、
両足は傷つきもう走るのも出来ず、武器も失った、
死を目前に、少女はせまる魔獣を前に目を閉じる事すらできなかった。

その時

少女の視界が背中によって遮られた。

「え?」

突如出来た壁、魔獣を踏みつけている人物が両手を振るった。
突如現れた光の膜が魔獣を跳ね返して広がってゆく。

「凄い・・・・」

広がる膜は魔獣をも包み込んで広がりを止めた。
何故か、魔獣達は大人しくなり、眠った様に動かなくなっていったのだった。

「ふむ・・・傷はそんなに深く無いな・・・・」

唖然としている少女に振り向いた青年は、そう呟くと傷の上で魔法陣を描くと手をかざした、
暖かいものが少女の足を包むと傷が徐々に直って行くのだった。

「あ・・・ありがとう・・・」
「ま、こんなものか。」

そう言って青年は笑顔を少女に向けた。
その瞳に吸い込まれるかの様に、少女は視線をそらす事すら出来ずに見つめ返してしまっていた。

(あ・・・・)

「動けるんだろ?出て来いよ。」

青年が背後に向かって声をかけた。

「・・・見破られていたか・・・」

そこに現れたのは一際大きく、真っ白な毛並みを持つ魔獣だった。

「おまえらが人を襲うなんてな・・・食糧不足か?」
「・・・いや・・・」
「まさか、テリトリーに入っただけで襲ったなんて言うなよ?」
「う゛・・・・そ、その通りだ。」

一瞬で膨れあがる殺気に、魔獣の長も尻込みし始めた。

「通っただけだろ?襲ったのは返り討ちにあったのがいる事でチャラにしろよ。」
「そ、それだけでは無いぞ!そやつは石清水の水晶を盗ったのだっ」
「ホント?」

青年は少女に振り返った。

「はい・・・これだけですけど・・・」

状況に、少女は採取してきた水晶を袋から取り出した。

「おい・・・・白い疾風とまで呼ばれた魔狼がこれだけの採取で襲うなんてセコイぞ。」

少女が取り出したのは人差し指くらいの大きさの結晶だった。
青年がちらと袋を覗いたが、それ以上の水晶は採取していない様だった。

「す・・・すまない・・・配下が先に追っていたので量の確認を怠った・・・」

白い疾風は叱られた犬みたいに頭を垂れた、よほどこの青年が怖いのかもしれない。

「それにこんな綺麗で澄んだ目をしてる娘を・・・」

青年がじろっと白い疾風を見ると、白い疾風はさらに縮こまった。

「き!?綺麗??あ、あたし?」

少女は少女で綺麗と言われて、顔を真っ赤にして焦っていた。

「とりあえずここは俺が預かる、いいな?」

「む・・・仕方無かろう・・・」
「解ったら森に戻れ、本当の略奪者が来るかもしれないぞ。」
「そ、そうだな・・・さらばだ。」

青年が結界を解くと、起きあがった魔狼を率いて、森の守護者、魔狼白い疾風は森に帰っていった。

「さて、とりあえず傷は塞いだがまだ痺れて歩けないだろ、街道まで連れて行ってやろう。」
「きゃっ!」

青年は少女をお姫様抱っこで抱えると、魔狼の死骸を背に歩き始めた。

「あ・・・あの・・・」
「ん?」
「ありがとうございます・・・」

誰も見ていないとはいえ、お姫様抱っこは恥ずかしいのだろう、
少女は顔を赤くしながら青年に礼を言った。

「ま、偶然妙な気配を感じたからね、でも良かったよ、人類の財産と言える美人を救出できたのだから・・・ね?」
「び、びびびびびびびびびじんっって・・・あ、あた、あたし?」
「他に居る?」
「う゛っ・・・」

改めて見ると光加減では金に見える茶色い髪、ちょっと目つきが鋭いものの、中性的とも言える顔立ち、
少女よりも頭二つは高い身長、均整の取れた体つき・・・・

(結構・・・いえ、かなり格好良いわね・・・・)

「どうした?美少女。」
「う゛っ・・・」

美少女と呼ばれた事もあるが少女を唸らせたのはその笑顔だった。

「あ、あの・・・・」
「あ〜〜もう少し我慢してくれ、もうすぐ茶屋があるから。





Avec Abandon・SP01


「どうだい?痺れは取れたかい?」
「はい、おかげさまで・・・・」

俗称「茶屋」都市国家を繋ぐ街道に点在する簡易休憩、宿泊所を兼ねた小さな施設であり、
スノーフォレスター都市国家連合や周辺国家における統一冒険者ギルドが経営している。
結界に守られているので単独や少人数の旅には欠かせない施設で、街道を結ぶ国家の情報などを冒険者に斡旋したりもしている。
商隊などの大規模な移動には一定の距離で建設された大きな宿場が存在していて、
茶屋は人が歩いて行動出来る一日の終わりを国家から計測して街道沿いに設けられているのだ。
冒険者とは、
統一冒険者ギルド登録国家で通用する冒険者登録者を指し、認定試験を受ける事でランクを得る事が出来る。
現時点でランクは初心者限定のFからE、D、C、B、Aと上位が存在し最上級としてSがあるのだが、
所詮認定であるので、ランクの範疇を飛び抜けたランク無しも存在しているのだった。
まぁ、ランクギルドからの紹介などで使う事が多いので依頼を受けるのにランクは関係ない。
都市国家雪華や風見などでは、冒険者クラスの存在する学園もあるくらいで、
古代遺跡探索などの一攫千金を狙う人々の人気となっている。
まだまだ世界は混沌としているのだ。
瘴気の濃い地域では普通の動物も魔獣と変化し、人々の生活を脅かす、
そんな魔獣などを退治するのも冒険者だった。

「あ、遅れましたがあたしは美坂香里、ランクEの冒険者二年目です。」
「俺は・・・祐一、名は捨てたので無い、ランクは無い。」
「え?ランクを取って無いんですか?」
「ん〜必要を感じて居ないし、ランク至上主義の連中は叩き潰すから。」

ぶっそうな事を言ってはいるが、魔狼への対応からも可能なのだろうなぁ・・・と香里は思った。

「ランクEだと学園生だったりして。」
「あ、わかっちゃいますか?」
「まぁね、けど、さっき覗かせて貰ったけど、あれだけの材料を採取してくるとは優秀なんだな。」
「一応学年では主席でしたけど、さっきみたいなミスをしてしまうのですから、実地ではまだまだ初心者ですよ。」
「でした?」
「・・・休学届け出して来ていますので・・・」
「そうか・・・・あと普通にしゃべってくれ、でもって俺の事は祐一と呼び捨てでいいぞ、俺も香里と呼ばせてもらうから。」
「・・・そ、そう、わかったわ、祐一。これでいい?」
「おぅ、それで頼むぞ、香里。う゛〜〜ん美少女に名を呼んで貰えるとゾクっと来るなぁ・・・」
「もう・・・・」

法術で直したとはいえ、その治癒も本来は自然治癒能力を強化させたものなので、
香里は祐一の用意した薬茶を苦い顔をして飲んでいた。

「あ・・・聞いていいですか?」
「何?答えられる事なら答えるぞ。」
「さっきの魔獣の事ですけど・・・」

学園でのお勉強で得た知識だけでどうにかここまでくぐり抜けてきた香里だったが、
実は戦闘になったのは初めてであった。
魔獣は悪だから滅ぼすべし、それが学園での常識だったが、この祐一は話し合いで穏便に終わらせたのだ。
興味も湧くと言うもの。

「一応最初に伝えておくが、情報の全てを聞けば教えて貰えると思わない事だぞ。」
「そうね・・・悔しいけど、祐一が伝えて良いと思う事だけでいいから・・・」
「まぁ、あの魔獣に関してならほぼ教えられる。」
「うん。」
「瘴気が原因で動物が魔獣化するのは知っているな?」
「一応教えられたわ。」

冒険者クラスでは常識として教えられる知識である、香里は祐一がわざわざ上げるには何かあるのだろうとまじめに聞いていた、
これが煩いアンテナ付きの同級生や、天然眠り姫なら叫んで話を中断させた事だろう・・・
「そんな事ぐらい知ってる。」と、そんな光景が香里の頭に浮かんだ。

「魔族などによっての強制的なものと自然発生的なものが存在することは?」
「それは知らなかったわね・・・」
「森や草原などで守護者と呼ばれる魔獣は自然発生した魔獣なんだ、大きな違いは自己を確立している。」
「強制的に作られた魔獣は操られているって訳ね・・・」
「そうだ、でもってあの白い疾風と呼ばれる魔狼は、あの森のそれも石清水の水晶と呼ばれる魔晶石を主語する一族の長なんだな。」
「これって・・・そんなに重要なの?」
「その程度の量なら解らないかもしれないけど、近くに滝が無かったか?」
「・・・あったわね・・・」

その滝の前で無防備にも水浴びしてしまった事を思い出し、香里は軽く自己嫌悪していた・・・

「その後ろに洞窟があって、その奥には巨大なそれがある、数百年モノだからな、かなりの瘴気を纏ってる。」
「ひょっとして・・・」
「さすがに察しがいいな、そう、あの群れを魔獣化したのはその水晶の固まりだ。」
「それで・・・」
「あいつらも普段は普通の森林狼と変わらないぞ、年齢を重ねた分だけ人語すら会話出来る様になるだけで。」
「祐一は何でそこまで知ってるの?」
「う〜〜ん・・・まぁ、前に一緒に戦った事もあるって事にしといてくれ。」
「そう・・・わかったわ、今はそう言うことにしておいてあげる。」
「こっちから聞いてもいいかな?」
「いいわよ、」
「それで・・・何故天使の滴が必要なんだい?」
「・・・流石、と言っておこうかしら、揃って無い材料で見破るなんて・・・」

香里の同級生なら見破る事が出来なかったであろう一瞬の硬直を見せて、
見事な立ち直りで返した。

「あ・・・祐一は調合方法を知ってるの?」
「なんだ?香里は知らないで材料を探していたのか?」
「調合出来る人も探していたのよ・・・材料は文献で見つけたのだけど・・・・」
「と、言ってもなぁ・・・・アレは割合間違えると違う薬になるからなぁ・・・」
「出来るの?!それも重要なんだけど、残りの材料が何処に有るか知ってるの?」
「あ、あぁ・・・一応知ってる。」

顔を寄せる様に詰め寄って来た香里の勢いに、祐一もちょっと押される。

「ねぇ・・・材料探すの手伝って貰えないかしら・・・」
「それは香里が俺に依頼するって事かな?」
「そうよっ!・・・報酬はそんなに出せないけど・・・・」
「・・・一応、話してくれないか?」
「そうね・・・もう日も暮れたからここに宿を取って、ゆっくり説明するわ。」






夜、ベッドの窓から見える月を眺めながら祐一は香里の話を思い返していた。
香里の妹は魔法医などの見立てでは余命一年を宣告された病気で、
その病気は文献に僅かに残されていた病気で、治療方法は現在皆無。
どうにか見つけた文献に記載されていた天使の滴という薬の名と、その材料名だけを頼りにこの半年探していたと言うのだ、

「しかし・・・・」

祐一は窓と反対側に視線を移した。

「俺って、結構極悪かも・・・・」

話しているうちに泣き出し、しがみついてきた香里を見ているうちにだんだんと顔を近づけていって・・・・
いわゆる致してしまったのだった・・・・

「ん・・・・」
「ハジメテだったし、こりゃ最後まで面倒見るしか無いか・・・・」

涙の跡を残した香里が祐一の腕枕で祐一にしがみついて眠っていた。
そんな香里のウェーブヘアを撫でながら祐一はそう呟いた。
祐一は知らなかったが、今までせっぱ詰まって苦しそうに寝ていた香里にとって、光が見えた事による安らかな寝顔だった・・・・






「ん・・・・?」

朝、目覚めた香里は一人裸で居る事に気付いて慌てて服を着た。

「う゛ぅ・・・身体がキツイ・・・」

シーツに残る跡を見てしまい真っ赤になって硬直した所で、祐一が部屋に戻って来た。

「あ・・・」
「あ・・・起き・・・た・・・?」
「お、おはよう、祐一。」
「お、おはよう、香里。」

初々しい二人だった。

(おかしい・・・師匠に連れていかれた時や今までもこんな気分にならなかったのに・・・)
(う゛ぅ〜・・・あたしから迫っちゃったのよね・・・初対面だったのに・・・)

「朝メシ、食べるだろ?」
「え、えぇ、」

朝食を取りながら二人はこの後の行動を計画していた。

「実際問題、俺と一緒なら残りの材料も安心していいのだが、流石に病状を診てみないと何とも言えん。」
「そうね・・・・どうするの?」
「それについては悔しいが師匠に頼ろうと思う。」
「はぁ・・・アナタの師匠ね・・・」
「ん?疑うのか?」
「冒険者としては疑わないわ、問題はその天使の滴の調合だから・・・」
「それも問題無いぞ、香里の体調次第で出発だ。」
「・・・今日は無理ね・・・・誰かさんのせいでガタガタだから・・・・」
「う゛っ、・・・ごめんなさい・・・・」
「まぁ・・・武器も失ってしまったから・・・どうにかしないとね・・・」
「それだったら、俺の持ってるのから一つあげるよ。」
「いいの?」
「あぁ・・・変わりと言っては何だが香里の使っていた技を教えてくれないかな?」

そう問われて香里は思い出してみた。
幼い頃に教わった事を・・・・

「あの技はね・・・・幼い頃に親友の従兄弟に教えて貰ったのよ。」
「ほ〜、あの技は刀みたいなスラッシュ系の剣の技だぞ、細身とはいえ普通の剣で使うとはなぁ・・・」
「そこらへんは強引にね、実際思い出したのは冒険者クラスに入ってからだけど・・・」
「ふむ・・・」

真空かまい太刀
読んで字のごとしだが、気を集めた剣を高速で振るって真空を発生させてそれを相手に叩き付ける剣技である。
空気を切り裂いて行う為に刀や太刀などの反りがある武器に適した技であり、一般に普及している両刃剣には適さない。

「教えて貰ったのは9歳くらいだから7年前くらいかしら・・・」
「へ?香里って16歳?」
「そうよ?何歳に見えた?」
「いやぁ・・・・大人びてもいるから18、19って感じ。」
「まぁ近いわね、実年齢より上ってのは微妙な感覚だけど・・・」
「俺は17歳って言ったら信じる?」
「そうなの?嘘でしょ?」
「いや、ホント。」
「17歳であんなに?」
「まぁ、10歳から実戦をくぐり抜けたらそんなものだぞ?」
「はぁ・・・・」
「で、その技を使っていたのはどんなヤツだった?」
「ん〜〜・・・祐くんって言って同年代だったわよ。」
「んがっ・・・・」

その一言に祐一は飲みかけていた珈琲を口からだらだらとこぼした。

「汚いわね・・・はい、ナプキン・・・」
「す、すまん・・・・」
「あ・・・れ・・・・?そういえば今のリアクションに覚えがあるわね・・・・」
「うぐぅ、そ、そんな事無いだろ?」
「うぐぅ?うぐぅを知ってるって事は・・・・」
「な、何の事かなぁ・・・・」

口やテーブルをぬぐって、祐一は目をそらして珈琲を含んだ。

「たいやきから連想出来る事は?」
「へ?あ〜〜・・・食い逃げ。」
「睡眠、苺からの連想は?」
「んと・・・猫?」
「おれんぢ」
「邪夢」
「「う゛・・・」」

何か思う所があったのか、出題した方も答えた方も一瞬顔に縦皺を作った。

「あ、アナタ・・・祐くんね?」
「うぐっ・・・・」
「相沢祐一」
「今の私は只の祐一、それ以上でもそれ以下でも無い。」
「そんな事いう人は修正してあげるわっ!」

みし

香里の左ストレートが綺麗に祐一の頬に決まった。
が、微動だにしない祐一に、香里の拳が痛くなるだけだったのだが・・・・

「ちょっと痛いぞ、かおりん。」
「祐一がとぼけるからでしょ?全然痛そうじゃ無いし・・・・」

痺れた左手を振りながら、香里は疑惑のまなざしのまま祐一を見ていた。
ちょっと涙目上目遣いなそのすがたはかなり可愛かったと祐一はのちに語る。

「そう言ってもなぁ・・・祐くんって言葉が出るまで気付かなかったんだぞ。香里も気付いて居なかっただろ。」
「う゛っ・・・・それはそうだけど・・・・」
「とりあえず今、俺は香里の手伝いをする冒険者。」
「わかったわ・・・・」

(名雪には悪いけど、初恋の相手に捧げる事が出来たんだから良しとしますか・・・・
初恋の相手に偶然出会って一目惚れ・・・・ドラマみたいって喜びそうね・・・栞・・・)

そう思って顔を赤らめる香里だった。

「ま、今日はゆっくりと休んでいてくれ。」
「そうね・・・ありがとう。」

まだ歩きがぎこちない香里を部屋に送ると祐一は茶屋の外に出た。

「材料はいいとしても、問題はあの夫婦の所在なんだよなぁ・・・・」

ぴゅぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

祐一が口笛を吹くと空高くから一羽の鷹が降りてきた。
鷹は大人しく差し出した祐一の左腕に留まった。

「・・・おまえ、又雌を争って喧嘩したな?」

びしっ

図星で照れ隠しなのか、鷹は嘴で祐一を突いた。

「傷がほとんど無いから勝ったのだろうけど、トレーサーは大丈夫だな?」

撫でながら鷹に聞くと鷹は人語を理解するのかうなずいてひと鳴きした。
足に取り付けられている書簡筒に手紙を入れると、

「ジョーイの所までこの手紙を届けてくれ、時間が余り無いから呑気にしていたら突いていいからな?」

鷹は祐一の手を離れて空高く舞って行った。

「さて、次は・・・」

空中に魔法陣を描く、治療、攻撃そして今、中に書かれる文字は当然違う。
祐一は魔法陣に手を突っ込むと、そこに空間が有るかの様に手が呑み込まれて行った。

「え〜〜と・・・・」

空間を探る様に手を動かしていた祐一だが、意中のモノをたぐり寄せたのか、ずぼっと手を引っこ抜いた。
その手には一本の刀が握られていた。
すらっと鞘から刀を引き抜く。
祐一が使っているものとは太さ、厚み、長さの違う、同じ刃紋を持つ刀身が現れた。
刃こぼれの跡も曇りも一切無い輝く刀身だった。
武器商人が見たらかなりの高額で欲しがるだろう・・・
祐一は刀を納めると腰溜めに構え、一閃した。

「ハッ!!」

魔法を使う者には見えたであろう、祐一が空間をも切った事を・・・

「・・・普通に振っただけなのに・・・こりゃ威力ありすぎ・・・単に丈夫な刀レベルに封印するか・・・・」

このまま香里に渡しても良かったのだが、それだと武器に頼っただけになってしまう、そう考えた祐一は能力のほとんどを封印するのだった。

翌日

「いいの?」

出発準備をして茶屋をでた香里は祐一から一本の刀を受け取った。

「あぁ、この刀は俺の刀と同時に同じ材料から作られた夫婦刀とも呼べる対のものだ、世界でも数少ない星降の銘を持つ。」

鞘から引き抜いた刀身に香里は魅入られたかの様に囚われていた。

「どうだ?」
「凄いわ・・・・それにとても軽い・・・」
「すぐに馴染むと思うぞ、」

香里は刀を鞘に戻して腰に納めた。

「星降って聞いた事が無いけど、何本くらいあるの?」
「俺の所有は揃いの4本かな?埋もれし伝説級の武具だから正確な所は解らないが。」
「魔法の付加能力がある訳では無いのね?」
「ん〜あるぞ。えげつないのが。」
「どんなの?」
「使用者の能力に比例してくるのだが、目標として究極なものを教えてあげるよ。」

香里が通っていた学園の冒険者クラスで習得出来るものは基本のものだけである。
たとえばファイヤーボールみたいは小さな火の玉を放つ魔法でも、熟練が使えば火山弾以上の威力まで強化出来る。
基本のものを強化する以外は古代文献や熟練者のオリジナルを習い覚える事で種類も増えるのだが、
そういったお勉強魔法は詠唱を必要とする。
香里は旅の途中で出会い、親交があった武闘系魔術師セージに教えて貰った紋章魔導雷電を知ってから、
詠唱を必要としないこの魔法の情報を集めてもいた。

「メテオストライクやメテオレインって知ってる?」
「えぇ、天空から岩を落とす、かしら?今や使える人が居ないし詠唱に3日はかかるまほ・・・う・・・・」
「いいね〜香里は、そうこの刀に秘められた力、究極的には使えるらしいぞ。」
「ら、らしいぞって、祐一は使えないの?」
「秘密。」
「う゛っ・・・」

幼い頃から知らない事や答えたく無い事を聞かれた時、冗談が通じる相手に使ってきた「秘密」
ここで使われてしまうとは香里は思っていなかった。
したり顔の祐一が恨めしい香里、旅の目的の為には頼る以外に無い、幼い頃と違って優勢に立つ事が難しいと悟る香里だった。

「さて、出発しよ〜ぜ〜。」
「そうね、行きましょう。あ、旅しながらでいいんだけど鍛えてくれないかしら?」
「う〜〜ん・・・」

祐一の使う技は学園の知識では知らない事ばかり、本当は軽々しく伝えてはいけないのかもしれない・・・
悩む祐一を見て香里は祐一にしか使うつもりのない奥の手を出した。

「・・・宿に泊まった時に・・・シていいから・・・・」

顔を赤く染めて、目をそらして小声で言う香里に祐一は萌えてしまった。
香里を知る者が見たらひっくり返るであろう、それは初めて見せる表情だった・・・・








スノーフォレストの街道の一つ、冬の途中を迎える季節、とある宿場に祐一と香里の姿があった。
感覚としては12月初旬の雪国と考えれば良い。

「ふぅ・・・さすがに一週間野宿はきつかったわ・・・」

旅費の都合と約束の事もあって、二人は宿で同室にしている。
始めは初々しかった香里もいい加減フロントで新婚扱いされる事に慣れてきてもいた。

「そうだな、香里がトラップに引っかからなかったら3日は縮んだはずだけどな。」
「いぢわるね・・・」

剣技だけは祐一に手ほどきしてもらって大分自信が着いてきた香里だが、魔法に関してはお勉強魔法の悪影響か、進歩は少なかった。
完全に凍った池を見つけた時、爆炎の魔法でお風呂を作るなどの柔軟性もあのまま学園にいては考える事も出来なかっただろう・・・
ちなみに当然祐一に押し切られて一緒に入ったのは言うまでもない。

「香里・・・」
「何?」

旅装束から楽なチュニックに着替えた香里はベッドに座って祐一に聞き直した。

「紋章を刻ませてもらっていいかな?」

祐一が主に使うのは紋章魔導と呼ばれる魔法である、紋章を刻む事によって詠唱無しで空中に描いた魔法陣を通して魔法を使う。
香里も左手の甲に雷電の紋章を刻んである、かまい太刀などの技は気を刀に集める必要があり、
それが戦闘で香里が魔法詠唱に必要な魔力の集中を阻害しているのだ、
祐一の見立てでは魔法に専念したとしても香里の基本魔力ではいくら煉っても十分は魔力出力になるまで時間がかかると見ていた。
あまり知られない紋章魔導だが実は魔力はほとんど使用しない、
紋章そのものが世界と繋がり必要な魔力は世界から直接得ているのだ、そして誰でも紋章を刻ませる事が出来る訳ではない、
ほぼその個人だけのもので終わり、伝導して刻む事は出来ない。
一応そういった知識は祐一から香里は教えて貰っていたが、祐一が紋章魔導を伝導出来る事は知らなかったのだ。
祐一は旅の間に香里をテストし、紋章を刻んでも良いと判断していた。
もちろん全部ではなく、香里のスタイルに合わせたものであるが・・・・

「見てごらん、香里。」

上半身裸になった祐一は自身の魔力を高める。
一瞬祐一の身体がブレた様になる。

「す・・・すごい・・・」

祐一と行為の時も、露天の風呂の時もそこには紋章は見えなかったが今、祐一の上半身には米粒ほどの大きさで書かれた紋章で埋め尽くされていた。

「香里の左手にある紋章の様に普段見える事は皆無だけど、一応女の子に刻むのだからね。
あと、わかりやすくした訳だけど、実際に刻むのは香里の霊体。その左手の紋章は肉体に刻まれてるから見えるんだよね。」
「そうなんだ、」

香里は左手の手袋を外した、そこには一文字の紋章が刻まれている。

「今、わざと霊体を重ねて魔力を通して香里に見える様にしている。」

どんなに刻んであっても見える事は無い、祐一はそう言っているのだ。
あくまで普段は、であるが・・・

「解ったわ・・・いえ、お願いします。」
「良かった・・・じゃ、風呂に行こうか。」

その夜、香里は胴体を中心に、火、雷、風の紋章を祐一によって刻まれた。
腕などの場合、万が一戦いで切り落とされた時その紋章の効果が無くなってしまうのだ。
香里は一つだけ騙されたとその夜思った、
紋章を一つ刻むごとに身体が熱くなり終わった時には欲情しきった状態に近い熱を帯びてしまっていたのだ。
新たに紋章を刻んだ事もあり、香里の左手の紋章は祐一によって消えていた。






「さて・・・困った事が一つ。」
「なに?」

宿場の宿、朝食を食べる香里に祐一がいきなり言い出した。

「路銀が少ない。」
「あたりまえでしょ?出来るだけ街道を歩いて茶屋に宿泊してるんだから・・・・誰かさんの希望で・・・」
「ま、まぁそういう面があるのは認めよう、ベッドで寝たい、お風呂入りたいとごねたのは誰だったかな?」
「う゛っ、・・・悪かったわね・・・」

元々貯蓄で大量にジュエルを持っていた為に家出同然に雪華を飛び出してもどうにか出来た香里だったが一年近い旅にそのストックも底を突いてきていた。
どういう交渉をしたのか祐一の交渉で宿が半額だったのが救いでもある。

「そこでだ。」
「何が「そこでだ」よ・・・」
「冒険者としての仕事をしようと思うのだが。」
「祐一一人で?」
「んにゃ、香里も一緒に。」
「あたしにそんな時間の余裕無いの知ってるでしょ、無理よ。」
「それが大丈夫なんだな、護衛の仕事で、目的地が大地母神の神殿。」
「それってあたし達の目的地の側の神殿?」
「あたりまえだろ?でないと受けて来ないよ。」
「・・・・つまり、もう引き受けてきたって事なのね・・・・いつのまに・・・」
「今日のかおりんお寝坊さん♪」

びし・・・・

香里の飲んでいる紅茶のカップの柄が砕けた

「アンタのせいでしょうがぁ〜〜〜」
「後半求めたのは香里だぞ。」
「ぐぐぐぐぐぐぐぐ・・・・」

香里の左手に雷が、右手には炎を纏い始めた。

「ここでそんな事したら修理代で路銀が全部消えるぞ〜〜」
「うるさいっ、!!」

見事なワンツーが炸裂したかに見えたが、祐一はその両方を手で受け止めていた。
ぱりぱりぷすぷすと雷と炎が消されていく。

「しょうがないなぁ・・・」
「んっ?!」

祐一はそのまま香里を引き寄せて唇を奪った。
横に座っていた親子連れの旅人は子供の目をふさいでいた。
その光景に食堂から音が消えた・・・・

「はふぅ・・・くやしい・・・」

力の抜けた香里がテーブルに屈した、よほどハードなキスだったのだろう・・・・












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