Avec Abandon・SP06






冷えた空気の漂う氷の世界の朝は、香里が思っていたよりも暖かだった。
まるでここにいるみんなが香里を暖かく迎えてくれていると思うほどに・・・

「香里の心が良かったからじゃないか?」

その話を朝食を作りながら香里が祐一に言うとそんな答えが返って来たのだった。

「刻が止まってるだけ・・・かな?この街の持ってる空気は変わらないんだよ・・・たぶん」

一緒に朝食を作ってることりが会話に参加してきた。

「そうだな・・・ここの人達は皆暖かい良い人だ。」

氷っているという事実を判別出来ないであろう住人達は、普段と変わらずに旅人・・・
(・・・・この世界では冒険者の旅人を「たびにん」と呼称、場所によっては胡散がられる存在が旅人である・・・)
を暖かく迎えたのだろう・・・

「香里が来てくれた事を歓迎してるのさ。」
「嫉妬もあるかも・・・」

ぼそっとことりが呟く。

「そうか?」
「・・・そうね・・・あり得なくは無いわ・・・」
「・・・香里まで・・・・」
「「・・・はぁ・・・」」

すでに自分も落とされた側である香里とことりは揃って溜息を吐いた。

「祐一殿・・・」

テントから目覚めた杉並が出てきた。

「ん?杉並か、おはよう。」

杉並は祐一殿と祐一を呼ぶ、他は普通に呼び捨てか茶化して呼ぶのに
祐一だけ殿が付いてる事に香里は不思議に思ったが、
いつか教えてくれるでしょ・・・と
気にしない事にした。
祐一と会った初期の「何でも教えてちゃん」と比べれば進歩と言うか、祐一に毒されたと言うか・・・
何でも安易には教えてくれない・・・・
それが旅に出て、さらに祐一との出会いが教えてくらた事の一つだった。

「祐一どの、宗主よりの・・・」
「ん・・・」

杉並は懐から祐一に書状を渡し、祐一はざっとそれに目を通す・・・

「えらく真面目な表情になったわね・・・」
「そうですね・・・」

盛りつけをしながら香里とことりがそんな祐一を見ていた。
その表情から安易に聞いて良いものとは思えない。

「多分、あれは祐一君のお師匠様からの書状だと思うよ・・・」

ことりがそっと香里の耳元で教えてくれた。

「それも・・・悪い事かもしれないっす・・・」
「そうなんだ・・・」

何か事が起きる時、祐一の助けに自分はなれるだろうか・・・そう香里は思っていた。





「さて・・・」

城門を再び封印し、純一達も含めた祐一と香里はここへの唯一の入り口となっている街道へと向かう。

「香里、そんなに急いで歩いても駄目だぞ。」

もう何度目だろうか・・・・
材料が揃い栞の元へと心馳せる香里はついつい急ぎ足になってしまうのだ。
出口たる封印結界の場所までは歩いて二日、
出来るならば一日で通り抜けたい香里だった。

「香里、無理に急いでも辿り着く前に力尽きちゃうよ。」

事情を聞いたことりも香里を心配して助言している。

「杉並、先に広場で準備しておいてくれないか?閉じこめてる連中は出すなよ?」
「祐一殿、安心するが良い。」

そう言うや杉並は風と消えた。

「消えた?」
「韋駄天と呼ばれる高速移動の魔術だ、さすがに筋力を酷使させる魔術だから連続使用は無理だけどな。」

香里の驚きに純一が説明する。

「遺失魔術よね・・・」
「あぁ・・・学園ではそうなのか・・・実際は国家機密魔術とでも言うべき一部の独占魔術の一つだぞ。」

祐一も話を続ける。

「香里はまだ紋章を上手く使えないからな、風の紋章は刻んだよな?」
「えぇ・・」
「ちょっとやって見るか。」

そう言って祐一ま魔法陣を描く。
通常というか、祐一が今まで香里に見せていたのは、移動しても相対距離を維持する魔法陣だったが、
今描いたのは空中にそのまま浮かんだままで歩く祐一を通り過ぎて背後に現れた。

「・・・」

祐一が魔術を発動させると風が祐一の身体を押して祐一が軽くジャンプすると信じられない距離を跳躍した。

「えいっ、」

さくらも真似して同じ様に跳躍する。
祐一の意図が解った純一達も、出来る人間は同じ様に跳躍した。
ひょいっと真上に軽いジャンプ、風は身体を運んでいく様は氷の上を直立不動で滑るみたいだった。

「香里。」
「そうね、やってみるわ・・・」

前方で祐一が手を振っている。
ことりに促されて香里は祐一が行った事をイメージして魔法陣を描いた。

背中から風の圧力を感じる。
香里は風の威力を上げる様に意識して軽くジャンプした。
横で同じように跳躍することりを視界の隅に香里は見た。





ずべし・・・・・

「えぅ・・・」

余所見で体勢を崩してしまったのか、香里は転んで顔から地面に突っ込んでしまっていた。

「香里っ、ふぁいとっす!」

前方でことりが応援して

「修練あるのみですわ。」

環と音夢は香里を助け起こした。











魔術師らしき男が呪文を唱えている所に背後から怪魔が襲いかかった。

「うぎゃぁっ!!・・・た、助けてく・・・れ・・・」

ばきっ・・・ごりっ・・・べきべき・・・ぐちゃぐちゃ・・・・

野太い叫び声・・・骨が折れ、生きながら喰われる断末魔の叫びが洞窟に広がる。
喰われてるのは一人では無い、元は5・6人のグループであったのだろう、
何匹もの怪魔が山となり喰らいついてるのが何ヶ所もある。
隙間から見える服や壊れた武器が哀れだった。

「ちくしょうっ!」

まだ無事だった男が剣を怪魔に向けて斬りかかる。
怪魔はくわえ込んだ腕を喰いちぎると、向かってくる男に角を向けて突進していく。

「でやぁっ!!!」

同じ様に獲物を喰らっていた怪魔であぶれたのも向かってゆく。

「くはっ!」

剣にその強力な顎に噛み砕かれた所をタックルしてきた怪魔に腹部に噛みつかれて転倒。

「ぐはぁっ!!」

喰いちぎられた腹部から内臓と血がびちゃびちゃと飛び散る。

ぐちゅっ・・・めきっ・・・

腕も足も怪魔に喰いつかれ生きながら解体されていく。
飛び散った肉片には小さい怪魔が群がっていた。
巨大は角が首を切り落とし、冒険者の網膜には喰われる自分の身体が写っていた。

その巨大な洞窟の一角に秘密裏に作られた宮殿が存在していた。
結界で怪魔は入ってこれないのか、その宮殿には怪魔の姿は無かった。
暗い闇に覆われた空間、
宮殿の一室の様な室内で椅子に座りその光景を男が眺めていた。

「今日の餌は男ばかりだな・・・」
「カイザーは女が喰われる時の悲鳴を聞くのが好きでしたな・・・クックックック・・・」
「ふ・・・・」
「あのグループには女の魔術師がいたのですが・・・」
「なんだ?自分の慰み者にでもしたのか?」
「違います、まぁ・・・もっとも美人だったらそうするか、カイザーに届けますよ。
偶然ですが卵を産み付けた怪魔がいまして、怪魔もなぜか手足を奪うだけで後は手を付けないので不思議に思い取り上げて観察したところ、
母体の魔力を吸収した幼虫が生まれたのです。まぁ、その後その生まれた幼虫に喰われていました、腹を食い破って出てくる姿は凄かったですよ。」

生きたまま喰わせるのはこの男の趣味なのだろう・・・その目には悦楽の光すらあった。

「なるほどな・・・只養殖した怪魔では雑魚でしか無い・・・と?」
「その通りでございます、魔法耐性が上がるのですよ。なので今は一端捕らえ、人質として隔離し残った男共を餌としています。」

人質解放を約束して怪魔の群れに解放しているので、先ほどの冒険者はいつもよりも死にものぐるいだったのだろう・・・
カイザーはそう思った。

「城の地下に作った洞窟での繁殖も進んでおります。最近は産卵を始めた怪魔もいますので成熟の最低段階は超えました。」

男は水晶に捕らえてある女を写した。

「容姿はまぁ平均ですが、若いです。どうです?今夜の戯れにしますか?」
「・・・任せる。」

男は礼をすると部屋を出て行った。

「状況はどうだ?」

カイザーと呼ばれた男が入れ替わりで部屋に入って来た男に声をかけた。

「は、すでに意識そのものの変革は完了しており、腹心だったものや貴族共もほとんどは我らの支配下にあります。」
「ふむ・・・」
「五年もかけて徐々に浸透させましたから、操られていると言う事にも気付かないでしょう。」
「あの者は有数な魔術師だったハズだが?」
「所詮未亡人ですからね、心の隙を突いて行くのは簡単でしたよ。」

椅子に座る男は無表情に続ける。

「ふむ・・・贄の収集はどうなっている?」
「では、この者からお聞き下さい。」
「現在私はギルドに潜入し色々と企画を上げている所です。」

控えていた男達が続ける。

「未成年の学園のみならず、各種技能会得の専門校もすべて全寮制と致しました。
格安に設定しましたので申し込みも殺到です、校内で製作したものを販売し、それを生徒にも還元と言うふれこみもしております。
卒業して冒険者になった者に、他言無用で洞窟の情報を流していますので、馬鹿で過信した冒険者が周一で訪れてきますよ・・・」
「さっきのもそうか・・・」
「はい、過信により退学して冒険者になったグループです。」
「うむ、次。」

続いて貴族風の格好をした男が一歩前に出た。
姿を偽っているのか、老人っぽいのに動きは若い。

「懸念材料になるかわかりませんが、現在周辺国や市民からの苦情がいくつかありまして・・・」
「どんなのだ?」
「高額買い占めによる為に苺の流通がストップしている事と、猫狩りによって都市内の猫が居なくなり、飼い猫までも強制徴収されて居る事などです。」
「ははははは、あの姫か・・・・」
「カイザー笑い事ではありません。」
「だが我らに近いでは無いか、人族の娘にしては。」
「ですが・・・」
「確か猫好きなのに猫アレルギーで自分が触れる事が出来ないから、猫を飼っている者が妬ましい・・・だったな?」
「はい。」
「放置しておけ、自身で得た物でない依存した権力が崩壊した時、その絶望の魂は美味であろうからな。」
「わかりました、今はまだ周辺国に些細な事でも懸念せぬ様どうにか致します。」
「任せる、雪舞の様に早期に察知されてヴァルハラみたいな連中に邪魔されぬようにな。早期すぎて囮にもならなんだ・・・」
「御意。」

そして続いて。

「そのヴァルハラですが、現在は分散して行動しているらしく、冒険者ギルドにも登録していないので足取りは掴めないのですが・・・、
怪魔を育てていた洞窟の一つが白の者達によって壊滅しました。」
「壊滅だと?」
「はい、音を利用したと思われ、外見が無事だったものでも内部がズタズタにされていました。おそらく怪魔の声などが周囲の噂になったのでしょう・・・」
「早急に襲った連中の所在を掴め。」
「は。」












「えぅ・・・・」

コテージのある広場。

何度も転んで額と鼻を赤くした香里が疲労困憊していた。

「魔力の調節がまだまだだな、身体を持ち上げて前に進む程度に風を調節しないと・・・」

くっくっくと香里の顔を見て笑う祐一だが、言っている事が正しいので反論出来ない香里だった。
さくらは思いっきりケラケラ笑い、逆にそれが出来ない環や音夢は追いかけて走った為に息が上がっていた。
ことりが歌う、癒しの呪歌が心地よかった。


「お〜い、封印を解いて開けるぞ〜〜」

コテージの封印を解いて扉を開けると、どうにかズボンだけ履いたキョンが転がり出てきた。
何かかなり疲れて萎びれている・・・

「・・・・助かった・・・・」

キョンの上半身は跡だらけ、どれだけ祐一が仕込んだ香が効いたのか・・・
香里は室内を覗いたあと、風で空気を入れ替えると、男子禁制と言って、ことりと音夢と中に入っていった。
どうやら中の女性達は見せられた状態では無いらしい・・・
純一達は自分達が休むコテージを作り出して準備している、今夜は表でバーベキューでもするつもりの様だ。

「いやぁ・・・・期待通りで嬉しいぞ、キョン。」
「何言ってるんですか・・・仕向けたのはアンタだろ・・・」

隣のコテージから普通に古泉が出てきた。

「元気そうですね。」
「なんでオマエは普通に出てきてるんだ?」
「こっちは封印されていませんでしたからね。」
「(ほんまかいなっ!)」

キョンは心で不条理を嘆いた。

「さて・・・涼宮さん達がいないうちに教えていただけませんか?何故行かせなかったのか。」

戦う意志はないと意思表示して古泉は祐一に尋ねた。

「ま、簡単に言うとこの先にあるのは墓標みたいなものだってことさ。」
「なるほど、あなたはその関係者で無粋な冒険者に立ち入って欲しくなかったと・・・」
「聡明だな、その通りだ。」

墓標、そう言われてしまってはキョンも古泉も自分を納得させるしか無い、
無理に行こうとしたら祐一に今度は本当に叩きのめされるだろう・・・
代償は命で・・・・

「わかった・・・ハルヒには無理矢理にでもここを諦めてもらおう・・・」
「そうだな・・・キョン達には今後何か頼むかもしれないから、一つ教えておこう。」
「なんだ?」
「ギルドで初心冒険者が行方不明になってる事件を知っているか?」
「いえ、知りません。」
「知らないな・・・」
「手を出すな、ギルドの職員から他言無用で未掘の洞窟の話しを聞いても受けるな。」
「・・・何かありそうだな・・・」
「関わったら・・・・」
「・・・・」
「死ぬぞ・・・」
「了解だ・・・」

コテージから香里達が出てきて話は終わりとなった。

「祐一〜・・・」
「なんだ?」

音夢と一緒にハルヒ達も外に出てきた、
三人とも艶々していた。

「ハルヒだったな・・・今夜は同じコテージに泊まってもらって明日俺達と一緒に行くぞ。」

その言葉を聞いたみくるは一瞬ぴくっっと反応し、有希は無表情だが一瞬嬉しそうな目をしていた。

「な、なんでアンタに指図されなきゃならないのよっ。」
「なんでって・・・負けただろ?」
「ぐっ・・・」

ぽんっと祐一はハルヒの頭に手を乗せると。

「まだまだこれから伸びる、だからこそ今は手を出してはいけない事も見極めるのが大事だぞ。」

「う〜〜〜・・・・」
「な?」
「わかったわよっ、今回だけよ?そのうちリベンジだからねっ!!」
「あぁ、待ってる。」

日が暮れる頃、祐一達と少しはうち解けたSOS団と食事して、一行は祐一、香里、ことり、純一達、SOS団と3つに別れて休息した。
コテージの作りが同じだったので風呂に入る時は3つのコテージでは騒動になり、
女性陣が風呂の間は男性陣は表でたき火を囲んでいた。

「何でかな・・・俺の知り合いとか知り合うグループは女子の比率が高く無いか?」
「そうだな・・・・」

祐一の言葉に純一も頷く。

「二人にそれだけ魅力があるのでは無いですか?」
「それならばキョンもそうであろう・・・」
「な、なんで俺まで?」
「そうでしょう?僕達は5人とはいえ、好意はキョンさんに集中している、朝倉涼子さんとか他にも・・・」

祐一にはその名前に覚えがあった、と言っても名前だけだが・・・
ちらりと純一を見る。
やはり同時に純一は祐一を見た、
純一の出身都市国家初音では芳乃と朝倉と言えば多くの魔術師を輩出してきた家系である。
出奔したとはいえ純一は朝倉宗家の出で芳乃宗家とも血の繋がった唯一の魔術師である、
分家の朝倉涼子と言えば、純一の次に将来有望と噂された魔術師の卵であった。
ちなみに義妹であり、純一の恋人達の一人である音夢は元は朝倉宗家に仕えていた魔術師の子供であるが、
両親が早世した事もあり純一の両親が引き取ったのである。

「俺がそんなにもてるとは思って無いぞ?」
「あはは・・・・アナタも祐一さんと純一さんと同じですね。」
「「「同じ?」」」
「おっとこれまでにしましょう。彼女たちも終わった様ですから。」

古泉が示した通り、コテージからは女子一同が湯上がりの色気を振りまいて出てきた。
若干二人はおこちゃまな雰囲気だが・・・

「む・・・」
「ん・・・」

察しの良いさくらとアイシアだった。
選手交代で、たき火の周りは姦しい時間となる。


「明日は神殿への分岐路にある宿場にたどり着くのだが、強行軍するから香里もゆっくり休め。」

そういって祐一は魔力の使いすぎで体力まで衰えた香里を先に休ませ、ことりとしばらく話していたが、
ことりも休ませると椅子に座ったまま子狐と眠る香里を眺めながら眠っていった。





その後は本当に強行軍だった、宿場でSOS団と、街道の分かれ目で純一達と別れて祐一と香里は佐祐理との合流点である次の宿場へと向かう。
ことりも祐一達に同行して街道を進む。
休憩はあるが多少の早歩き、香里も疲れてきていたが栞の事を考えると率先して歩いていた。

「ことりはいいの?純一達と行かなくて。」

香里がそう聞いたのだが、

「純一君の頼みはもう終わりましたから、一人旅は流石に危ないんで。」

そのまま成り行きで同行していただけだったらしい・・・
まぁ、白いローブやマントで統一されている純一達の中で、黒いマントのことりは目立つ存在である。
まぁ・・・白い帽子が多少は違和感を無くしているだろうが・・・
確かに祐一クラスなら一人でも全然平気だろう、兵器みたいなものだし・・・
あたしは運が良かっただけなのよね・・・と香里も一人は危険と言う事に納得するが、
それ以外もあるだろうと突っ込みたかった。、特に祐一の事で・・・
祐一は夕べに聞いていたのかその事には口を出さない。

「それに、祐唯ちゃんや美汐ちゃんも居るなら逢いたいですしね♪」

簡単な理由だった。
でもそれだけ?

「ことりは祐唯さんや美汐さんを知っているんだ・・・」
「はいっ、祐唯さんの結婚式の時、私聖歌隊にいたんですよ〜」
「へぇ〜・・・・」
「お約束で呆れたのですけど、テロがあったんですよ〜・・・」

先頭を歩く祐一は、後ろでことりが自分の事やことりが旅立つきっかけなどを香里に暴露されて大汗ものだった。
祐一が話すべき事はしっかり濁らせてくれていたが・・・

「このままなら明日の朝には茶屋に着くな。」
「風を使っては駄目?」
「駄目。」
「えぅ・・・」

昨日は結局広場に付くまで香里は成功しなかったのだ、転倒すること数十回、
癒しを受けて顔の赤くなった所は直ったが、意識に痛みが残っていた。
佐祐理達が先行して待っている宿場はうまの貸し出しもしている、
香里はそこでうまを借りるつもりでもあった。

それは祐一の「路銀」の一言で叶わないのだが・・・


香里の足取りが遅くなってきた頃、

「ちょっと休憩するか・・・」
「そうっすね。」
「・・・はぁ・・・まだ大丈夫よ・・・」

大丈夫と言いつつ、疲労の色は隠せない。

「駄目だな、休もう。」
「駄目ですね、休みましょう。」

反対多数で香里のやせ我慢は否決されたのであった。

休憩は座らないで街道の脇にある樹木に寄りかかる。
山登りなどでもそうなのだが、座ってしまうと逆に疲労してしまったるするのだ。
まぁ、こう強行軍で無ければ座っているのだろうが・・・・
祐一に体力回復の魔術をかけて貰いながら、香里は全然疲労していない様に見える祐一を拗ねた目で見上げていた。
ことりが所持していた干し肉などを食べ、大事に水を飲む。
僅かな休息
それでも香里の疲労には十分だった。



早朝
茶屋に到着しても泊まる事はしないで出発しようとする香里だったが、

「汗かいてるんだ、風呂は入れる時に入っておけ。」

と祐一の言葉に風呂だけは借りていったのだった。

結果で言えば疲労に負けた香里は風呂に沈み、祐一とことりによってベッドに運ばれた。



「えぅ〜〜〜〜っ!」

妹の口癖が発現して以来、定着してしまった香里の叫びが朝に響いた。
(注、次の日の朝です。)

「食料と水は?」
「えぅ・・・」
「大丈夫っす。」
「えぅ・・・」
「OK、行くか。」
「えぅ・・・」

出発時、まだ落ち込んでる香里だった。


夕べも施してもらった魔術で香里は肉体の疲労は取れていたのだが、
魔術での強制的な回復は反動も来るもので・・・

「まぁ・・・自分の体力を知るには限界を知るしか無いんだよなぁ・・・」
「そうですよ〜ね、」

くすっと悪戯な目でことりも香里を覗き込む、
ここぞと言う時にいぢわるが発動するのは本性なのか祐一の影響なのか・・・

「わかったわよう・・・でも」
「あぁ、強行軍で行くぞ。」
「ありがと・・・」

何事もなく2日が過ぎ。
ペース配分にも慣れた香里によって、2日の行程を1日でクリア出来る様にもなっていったが、
辿り着いた茶屋で香里は泥のように眠ってしまっていた。
今度は大浴場で眠ってしまい、ことり一人で苦労する事になったのだが・・・

「ま、明後日には合流出来るさ。」

子狐の狭霧(いつの間にか香里が命名していた)を抱きしめて眠る香里の表情を見ながら優しく祐一は呟いた。

「でも祐一君?」
「ん?」
「歩かないで行く手段一杯持ってるのにどうしてかなぁ・・・って。」

多少は香里よりも祐一の手の内を知っていることりは不思議がって祐一に尋ねた。

「ん〜・・・ま、一つは香里がしなくちゃいけないって事かな?」
「せっかく危険を冒して旅に出たので達成も自らの手でってヤツっすね?」
「さすがことり。」
「でも行程の短縮はその妹さんの為にもいいのではないかな?」
「もう一つの理由に、この材料の含有魔力が不足してるって所かな?」

祐一は懐から香里より預かっている袋を出した。

「香里が自分で集めたものには、含有魔力が少ないからこそ香里が入手出来たものがあるんだよ。」
「あ〜、だから祐一君が魔力の充填をしてるんだね?」

ツインの部屋なのでもう一つのベッドにはことりが腰掛け、祐一はソファーに座っている。
香里が主体の旅なので金銭も香里の所持金をベースにしている。
3人でツイン一部屋を借りていたのだ。
すでに毛布を膝に掛けてるので祐一はソファーで眠るつもりらしい。

「・・・・」
「ん?」

なにかことりは指先をちょんちょんしながら何か祐一に言いたそうにしていた。

「どうした?ことり。」
「あのですね・・・」
「?」
「久しぶりに逢って、求めて貰えないのは悲しいっす・・・」
「そんなに俺は狼か?」
「私はもう飽きられたのかな?」

細身のことりのバランスで見たら大きいふくらみをぽにょぽにょすることり。

「断じてソレはない。」
「即答♪」

同時でとか、同じ空間に居て片方だけはしないのが祐一にとっての誠意らしい・・・
何人も作ってる自体誠意もへったくれも無いものだが・・・・
今夜は宿場での約束と、朝まで手を握る事をどうにか納得させる祐一だった。










「・・・・ね、祐一・・・」
「ん、変な団体が居るな・・・」

目的の宿場まであと少しといった地点で前方に妙な集団を見つけた。
祐一は二人に目配せすると慎重に足を速めた。


「ほう・・・これは亜人大集合だな。」
「「えっ?」」

全容が視界に入り、人物の特定すら出来る距離に近づいた時、
祐一の言葉に香里とことりは驚いた。
ローブを頭までかぶっていたので香里達には種族までは特定出来なかったのだ・・・

振り返る亜人達、ゆうに15・6人は居るだろうか・・・・

「あれ?目が・・・」

ことりの方が早くに違和感を感じ、その理由の一つには辿り着いた。

「あぁ・・・俗に言う混ざり者だ・・・」

亜人は目の色が何故か種族で統一されていたりする、
人類は作った創造主によって何種類もあるのだが・・・
ここにいる亜人は何故か皆左右の色が違うオッドアイだった、
神族、魔族、人族などの人類同志の混血はそうでもないのだが、
亜人との混血は迫害される事が多い、
亜人が部族主義が多く混血を好まない事と、先祖返りとして人類から亜人が生まれてしまう場合もある、
そういった異質すぎる者を排除しようとする傾向にあるのだ、
まぁ、まだ人類と共存し、街中に生活する人狼族やエルフ族の混血は数も多いのでどうにか受け入れられているが・・・
ここに居るのは迫害されてしまった亜人なのだろう・・・

「ほぅ、そなたらは・・・」

先頭にいた亜人の女性が祐一達を認識して振り向いた。
広がるローブの下にはいかにも男を挑発してる用な露出度の高い服を着ている。
胸、くびれ、腰、プロポーションは香里とことりの完敗だった・・・
赤と緑のオッドアイが印象的な美人でもあった。

「アンタはまともそうだな・・・他を操っているみたいだが・・・」
「フ・・・良く解るな。」

祐一に対してちょっと見下した感じで女性は答えた。

「どうやって支配した?悲劇の子とはいえそう簡単に支配の魔術が効く相手ではないぞ?」
「ほぅ・・・悲劇の子と解ったのか・・・その通りじゃ、この者らは襲われて産まれた。」

その言葉に香里とことりが反応した。
創造主の悪戯なのか、人類、亜人類はすべて混血が可能なのである。
偶然亜人の集落に入り込んでしまった冒険者や旅人の悲劇はあたりまえの様にあるのだ。
存在しただけで襲われた亜人に逆襲されてしまった村もある、
人類の戦争と同じく、負けた人類、特に女性の末路は悲惨なものである。

「アンタはちょっと違うみたいだが?」
「違わないさ・・・」

女がフードを取ると、そこには猫耳があった。

「儂は娼館用に攫った女で作られたのじゃ。」

「そんな事ってあるの?・・・」
「あぁ・・・本物の猫耳メイドとかが娼館では人気らしい・・・」
「・・・北川君が好きそうね・・・」
「そういえば純一君の実家に本物が居ると言っていた気が・・・」
「あぁ、頼子は猫又が姿を変えたものだ、実は変身魔術に失敗だけだぞ。」
「へ〜〜そうなんだ。」
「祐一もそういうの好き?」
「う゛っ・・・ソンナコトハナイゾ」
「・・・・祐一君・・・」
「・・・・祐一・・・」

「フハハハハハ、儂の姿を普通に受け入れたヤツは初めてじゃ。」
「俺達が変なだけかもしれないぜ?」
「かもしれぬな、先ほどの質問じゃが簡単な事じゃ、」
「簡単なの?」

香里とことりは使い魔を増やす参考になるかと実は興味津々だった。

「儂がこの者らに抱かれてその精液を媒体にしたからな。」
「なるほど、自身の一部が媒体なら抵抗出来ないな。」
「その為に?」

娼婦をそういう職業がある程度にしか思っていなかった香里には、
そういう手段を使うのが信じられなかったが、
娼婦として幾人もの相手をしていた女には嫌悪を押さえるのは楽なのかもしれないと疑問の一言を発してから思った。

「儂とてな、娼館が移動の旅でその者らに襲われなければしなかったぞ。」
「悪いな、」
「いや、娼婦にならないで済むのならその方が良い、その気持ちも理解しようとしない事だな。」
「ごめんなさい、理解出来ないだろうけど、否定はしない事にするわ。」
「儂もそちらと早くに会うておればな・・・
さて、僅かな時間だが楽しかったぞ、儂は仕事に戻らないとならないでな。」」
「何をしでかす気だ?もし倉田の一行を襲う気ならば・・・」

祐一が倉田の名を出したとたん、女は爪を伸ばし、亜人らも剣を抜いたりと戦闘態勢となった。

「・・・そうじゃと言ったら?」
「残念だが諦めて貰う、出来ないなら・・・」
「無理な相談じゃな・・・」
「残念だ・・・アンタの本質は結構楽しいヤツと思ったのだがな・・・」

すらりと祐一は刀を抜いた。

「それは儂とて同じ事。」

女の瞳孔が縦に細くなった。

「香里っ!、ことりっ!!」
「「はいっ!!」」

ことりは両手を前に出しながら魔法陣を描いており、女と亜人全員に大量の水が降った。

「なっ、なんなの?!」

猫族の血なのか水は苦手らしかった・・・
次に香里も両手を前に出す、当然魔法陣を描きながらだ。
香里からは雷クラスの電流が流れて、水に濡れた亜人らはほとんどが感電死した。
雷などの電撃に耐性があった残りを3人で倒してゆく。
子狐の狭霧も、立派に香里をサポートしていた。

最後残った女は武器が貧弱そうなことりに目を付ける。

猫系特有の跳躍力で飛びかかる女をことりは落ち着いて心臓を一突き、そのまま肋骨の隙間を右に薙ぐ。

「かはぁっ・・・・」

右に薙いだレイピアを強引に戻し、左に薙いでことり自身も女の右腕をかいくぐって左に流れた。

「ごめんなさい・・・」
「・・・気にするな・・・」

すれ違いざまのことりの言葉に
そう最後を一言発すると、女の首と両腕が落ち、胸からは派手に血が噴き出した。

周囲には肉が焦げた嫌な臭気が立ち込め、祐一達は刀の血を拭った紙を死体の上に蒔く。

「香里。」

香里と祐一は炎で死体を灰も残らないほどに燃やし尽くした。

「せめて精神(こころ)がこの大空を舞い、永久の安らぎをもたらさんことを・・・」

前方、遠くで爆発の煙が上がる。

「祐一君。」
「あぁ・・・挟み撃ちの予定だったみたいだな・・・」
「祐一、行かないと・・・」
「二人とも良く捕まっておけよ?」


祐一は香里とことりを抱え、狭霧を肩に乗せると魔術を発動させた。







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