坂の奏でる香は美しき里の思い出(とある日常編)

げれげれ(管理人)&霧島&鉄&闘神&某&DEAF&タバコ&朱雀&KAIEI/著



「相沢君、ちょっといいかしら?」

放課後、さっさと帰宅しようとしていた俺に香里が話し掛けてきた。

「ん、何か用か?」

俺がそう言うと、香里は少しむっとした表情になって言った。

「何か用かじゃないわよ。こないだ貸したアレ、そろそろ返してくれない?」

「……アレ?」

全く心当たりがなかった。

「もしかして……忘れてない?」

目を細めて祐一を睨む香里。

「そ、そんなわけないだろ。あとで持っていくから、そういうことで!」

そう言って祐一は急いで教室を出た。

「あ、ちょっと相沢君! もう……」

香里は祐一の後ろ姿を見ながらため息をついた。



家に帰ってきた祐一は焦っていた。

どうやっても何を借りていたのか思い出せないのだ。

「……やばいよなぁ」

怒るであろう香里を想像しながら祐一は呟いた。

「何がやばいの?」

祐一が振り返るとそこには何故か香里の姿が。

「香里……どうしてここに?」

「いくら待っても相沢君が来ないから、あたしがこっちに来たのよ」

香里がいくら待っても祐一が来ないのは当然だ。

あとで持っていくというのはその場しのぎの言い訳だったのだから。

(隠しても無駄か……本当のことを言うしかないな)

「香里、実は……」

祐一が観念して話そうとしたとき、香里が遠い目をしながら呟いた。

「アレって、栞に貰った大切なものなのよね」

「うっ……」

(そんなこと言われたら、忘れたなんて言えないじゃないかっ)

祐一は選択を迫られていた。

このまま誤魔化し続けるか、死を覚悟で本当のことを話すか。

香里は笑顔で祐一を見つめている。

祐一はその笑顔に恐怖を感じていた。

「なあ、香里……怒ってないか?」

「ふふふ、怒ってなんかないわよ」

香里はその笑顔を崩さずに言った。

(やっぱり怒ってるよ……)

「じ、実は北川が持ってるんだ」

気が付くと祐一はそんな嘘を吐いていた。

嘘を嘘で固める……祐一は最悪の選択をしたと後悔したが、すでに遅かった。

「……そう。じゃあ北川君のところに行くわよ」

そう言って香里は祐一の腕を掴む。

(北川……すまん)

香里に引っ張られながら祐一は北川の家へ連行された。



「しっかり言っておかなかったこっちも悪いけど、無闇に又貸ししないでよね」

「あ、ああ……」

そして今、前述の理由により北川の家に強制連行されているところである。

(うーむ、やばい)

北川の家についたとしても祐一の立場がよくなるわけではない。むしろ悪化するのは間違いないだろう。

それよりも、この移動時間中にアレとはなんであったかくらい思い出しておくのが良策だろう、と祐一は考えた。

目の前を歩く少女の後姿をぼーっと眺めつつ、頭を働かせる。

ノートや教材はよく借りるが、それはたいてい学校にいる間に返している。

本の類も時たま借りるが、思い出せる限り返し忘れている物はないはずだった。

それ以外となると、どうにも思い出せなかった。

(そういえば、栞から貰った、と言っていたが……)

「ところで相沢君」

「ああ?」

香里の言葉で祐一は考えを途中で停止させられる。

「北川君の家ってどこだっけ?」

がんっ!

ずっこけるジェスチャーの拍子に祐一は思いっきり電柱に頭をぶつけていた。

だが、それは顔に出さずに会話を続ける。

「知らないのかよ!? 今まで自信満々で前を歩いてたじゃないか!」

「だって行った事もないし、知る必要も無かったから」

「まあ、そうかも知れんが」

だったら最初っからそう言えばいいのに、とはさすがに言えなかった。

立場的には祐一の方が明らかに不利なのだから。

「わかったわかった。案内するよ」

「頼むわね」

祐一は香里の横に立って歩く事にした。

このまま香里をぶっちぎって逃げたら……との考えが祐一の頭をよぎるが、後で地獄が待っているのが予想できるのでやめておく事にしたようだ。

懸命な判断である。

「それより頭は大丈夫? 凄い音したけど」

「……全然大丈夫だ」

まだ若干痛む頭を見えないようにひそかに押さえつつ、祐一は元気に答えた。



「着いたぞお姫様」

数分後、二人は無事に北川の家に到着していた。

ごく普通の二階建ての平屋で、二階の一室に北川の部屋がある。

「へえ、ここが北川君の家なんだ。……思ってたより普通ね」

何かを残念がる香里。

何を期待していたのかは彼女のみぞ知る。

「じゃ、行きましょ」

「やっぱりか……」

「呼び鈴よろしく」

「俺が?」

「相沢君が貸したんだから、相沢君に決まっているでしょう?」

「そりゃそうだが………はっ!?」

言いかけて、祐一は重大な事に気がついた。

途中でアレとはなにかを思い出して事態を少しでも好転させる計画だったのに、道案内に気を取られてすっかり忘れていたのだ。

結局事態は最悪なままだ。

「どうかした?」

「い、いや……別に」

(しまった……。どうしよう)

今更考えても手遅れなので、とりあえず祐一は呼び鈴を押すしかなかった。



祐一はもうどうする事もできず、玄関のベルを鳴らす。

ピンポーン

「は〜い」

ドア越しに返事が返ってくる。

どたどたどた…

がちゃ…

「お待たせしました〜、って相沢さん」

出てきたのは北川の妹、美加ちゃんだった。

「よう、美加ちゃん。潤はいるかな…?」

「ええ、いますよ。ちょっと待って下さいね」

「お兄ちゃん〜、相沢さんが来てるよ〜」

そうすると上から声が降ってくる。

「なにぃ〜」

ガタンッ…

ドンッ…

それと同時に騒音まで降ってくる。

「うぅぅ〜、片付けするから少し待ってろ〜」

どうやらベットから落ちたようだ。

「まったくあの馬鹿なお兄ちゃんといったら…

部屋は汚いは、家にいても寝てるかゲームしてるか位で…

いい年なんだから女の人とでも一緒にどこか行けばいいのに…

っていっても、あれじゃあ相手が寄ってこないか…」

(うむむ…妹ながら酷い言い様…北川よ、強く生きろ)

「それはそれは…美加ちゃんも妹冥利に尽きるな」

「本当ですよ〜、お兄ちゃんが相沢さんなら手が掛からないんだけど…」

そんな言葉に祐一は美加ちゃんの頭を撫でる。

これは栞によくしているうちに癖になったもの。

それでも、美加ちゃんの頬が僅かながらも赤くなる。

それを見て香里は機嫌悪そうに祐一を睨む。

(なんで、そんなにイタイ視線を向けるんですか…香里さん)

「ど、どうした香里?」

「ねえ…相沢君。本当に北川君が持っているの?」

(げっ…)

「あ、あたりまえだろ香里、だからココまで来た訳だし…」

「ふ〜ん」

(見透かされてる〜)

「おう、相沢待たせたな、って美坂も一緒か」

そこに、北川が下りて来た。

「ああ…」

「そうよ…」

「まあ、俺の部屋に来いよ」

祐一と香里…

2人の雰囲気を察して、北川は自分の部屋に招いた。

そして、部屋に入り三者三様に座ると北川が口を開く。

「改めて聞くけどどうした?何か用なんだろ?」

「実は…」

(どうしよう…何とかしてアレを思い出さなくては…)

しかし、祐一にはどれだけ考えても良策が浮かぶはずも無かった。



(一体どうすればいいんだ?)

「実は…」と答えてから、すでに三十秒は立っている。

しかし、香里のいうアレが何を指すのか思い出せないでいる。

北川は不思議そうに、こちらを見ている。

香里はあからさまに怪しんでいる。

(ううっ…ここまで来てわからないなんて言ったら…)

血まみれの祐一を手を血で染め見下す香里……

祐一は自分の想像があまりにリアルなため身震いした。

(い、いかん。それだけは回避しなくては)

そんな事を考えていると下から階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

コン、コン

「お兄ちゃん、開けてよ。お茶入れてきたよ」

どうやら美加ちゃんがお茶を入れてきてくれたようだ。

「ああ、今開ける」

北川が立ちあがりドアを開けると美加ちゃんがお盆を持って立っていた。

「お兄ちゃん、もう少し気を使ったら?お友達が来てるんだからお茶の一つくらい出しなさいよね」

美加ちゃんがそう愚痴りながら部屋に入ってきて俺と香里の前に座り、

「はい、どうぞ」

ウーロン茶を出してくれた。

「サンキュー美加ちゃん」

「ありがとう、え〜と…美加ちゃんでいいかしら?」

どうやら香里と美加ちゃんは初対面のようだった。

「ええ、構いませんよ。ところで失礼ですけど貴方は?」

「あなたのお兄さんのクラスメートの美坂香里よ」

「香里さんですね、よろしくお願いします」

美加ちゃんはそういい香里に笑いかける。

と、そこに北川が割り込む。

「どうしたんだ?他の友達が来ても何にも持ってこなかったのに……ははぁ〜、さては惚れてるな」

ボンっ!

美加ちゃんの顔が一気に真っ赤になった。

「そ、そんな事あるわけないじゃない。お兄ちゃんのバカ」

かなり動揺しながら反論する美加ちゃんだが、端から見れば実にわかりやすい反応だった。

(掘れてる?……一体美加ちゃんは何を掘ったんだ?)

しかし、鈍感キングの異名を持つ祐一は状況を全く理解していなかった。

だが、美加ちゃんのこんな反応を見て実に面白くない人物が一人いた。

祐一の背中に冷たいものが走った。

(うっ、な、なんだこのプレッシャーは…シャアか!)

ゆっくりとその方向を向くとそこには…

にっこりとこちらを見て微笑む香里の姿があった。



「ねぇ、相沢君」

ビクゥ

「あたしもそんなに暇じゃないから早くしてくれないかしら」

「ハハハ、ハイ。わかりました」

祐一はかくかくと首を縦に振りながら答えている。

それだけの迫力が今の香里にはあった。

「な、なあ北川…」

祐一はそう言いながら北川の方を向くと目線を合わせてアイコンタクトを取った。

(頼む、北川。助けてくれ)

(見かえりは?)

(学食3回…いや5回分でどうだ)

(了解)

「お前にアレ貸してただろ、今返して欲しいんだけど…」

「ん、オレ何か借りてたか?」

ギンッ!

その瞬間に香里のプレッシャーが今までに増して強くなった。

「ねぇ相沢君、北川君に貸してるんじゃなかったの?」

(お、おい。北川)

(さすがに今の美坂を相手にするには5回じゃたりんな)

(わ、わかった。1週間分だす)

(OKだ)

「おいおい、忘れるなよ。貸してただろう」

「あ〜、そう言えばそうだな。ちょっと待てよ」

北川はそう言って部屋から出ていった。

(ふぅ、これでなんとかなるかな。それにしても…馬鹿だなぁ)

祐一達が通う高校は土曜が半日なので1週間で5日しか学食を食べる機会が無い。

「ふ〜ん、本当に貸してたんだ」

「あ、当たり前だろ。俺が嘘をついたことがあるか?」

「一杯あるわね」

「あぅ」

「ふふ、2人とも息ピッタリなんですね」

「そうか?」

「そうかしら?」

「ほら、ピッタリじゃないですか。まるで恋人みたいです」

その瞬間に香里が発していたプレッシャーは霧散してしまった。

「そ、そんな事無いわよ」

「そ、そうだぞ」

「そうかなぁ…(どうみても十分だと思うんだけど)」

       ・

       ・

       ・

ガチャ

祐一と香里が妙に照れてしまって会話が止まっていると北川が部屋に帰ってきた。

「相沢、美坂わりぃ。ちょっと見つからなくてな。明日までに探しておくから…」

「ふ〜ん、それじゃあ仕方ないわね」

香里はある方向を見ながらそう言った。

「けどそんな状態で明日までに見つけられるかしら」

香里が指した方向には北川の机の上の惨状があった。

「お、おう。何とかして見せるさ」

(ふむ、机の上を指したという事は勉強関連か)

「それじゃあ、あたしはそろそろ帰るけど相沢君はどうするの?」

「そろそろ夕飯だからな、俺もそろそろ帰るつもりだ」

「そうか、それじゃあ2人ともまた明日な」

「香里さんも相沢さんもまた遊びに来て下さいね」

「おう、また今度な」

「また暇な時にでも来てみるわね」

香里とわかれて北川の家から帰る途中考えていたが、結局祐一は家に帰るまで思い出せずに居た。



「祐一、部屋にいる?」

夕食を終え、祐一は部屋でゆっくりとしていた。

祐一は借りた物を思い出そうとしている時に、名雪から声がかかった。

「ん? なんか用か?」

そう言ってから、祐一はふと考えた。

(借りたのって勉強関連だから、学校で借りたんだよなぁ…。

だったら、名雪も知ってるかもな。 でも、栞に貰った勉強関連の物って何だ?)

そう考え、祐一は名雪を部屋に入れた。

名雪の手には、ノートが握られている。

「もうすぐテストだから、教えてほしい所があるんだけど…」

(俺が教えてほしいって)

祐一よりも名雪の方が成績はいい。

名雪は普段ぼーーーっとしてる所が多い為、誤解されやすい。

しかし、勉強の要点を掴み、必要なところだけを見抜くため国語や数学なんかは強かった。

「なんの教科だ? 教科によっては俺にも無理だ」

「世界史」

「無理」

即答。

後で『お母さんの了承よりも早かったよー』と関係者M・Nは語るがそんなことはどうでもいい。

祐一は授業は寝ていることも少なくはない。

最も、世界史が体育の後の疲れた時間帯や午後にやっているからという理由もあるが。

暗記系の教科は一夜漬けする祐一に、世界史を教えてくれというのは無茶だろう。

(そういえば、なんで今日なんだ…? もしかしたら、テストに関係あったりするのか?)

本能が違うと言っていた。

なんとなく、祐一は勉強関連には関係ないような物だったような気がしていた。

「うー…、じゃぁ諦めるよ…。もうわたし寝るね」

名雪は祐一の部屋を出ていったが、また戻ってきて言った名雪のセリフで全てを思い出した。

「祐一、明日のお弁当期待してるよー」

言うだけ言って名雪は満足して部屋を出る。

(しまった! 借りていたのは料理の本か!!)

祐一は、本棚を探してみると案の定、『しおりんのお弁当講座〜♪』と可愛く書かれた本が出てきた。

祐一は1ページめくると、『共通使用材料:愛』と大きく書かれていた。

これを見て呆れていたのをよく覚えていた。

(……香里に借りたものはこれだな。)

一難去ってまた一難。

祐一は、そんな言葉が浮かぶ。

(さて……どうしよう?)



(さて……どうしよう?)

祐一自身、別に料理が苦手なわけではない……それでも、作れる物と言えばチャーハンやカレーといったオーソドックスな物と、変に凝った物くらいだ。

早い話が『お弁当』なる物に入れれるような料理のレパートリーは一切ない。

だからこそ、こんな『しおりんのお弁当講座〜♪』なんて物を借りたわけだが。

「今から俺にどうせいと」

実際どうしろと言う話である。

今の今まで忘れていたが、明日弁当なるものを作っていかねばならないとは。

「時間も無いことだし、さっさと何にするか決めて下準備でもするか……」

そう思い直すと、祐一は『しおりんのお弁当講座〜♪』の1ページを無視するように2ページ目を開く。

…………。

(牛一頭ってなんだ?)

作るにはたいして労力がいらないはずのハンバーグ……のレシピのはずである。

少なくとも、祐一の視線の先には『しおりんの愛のハンバーグの作り方』と言う文字が見える。

それなのに、なぜ牛を捌くところから始まるのか…………。

「…………切実に見なかったことにしたいが……流石にそういうわけにはいかないか」

とりあえず、牛の捌き方を飛ばすようにページをめくっていく祐一。

所々、鶏のしめ方やマグロの捌き方なんかもあったが見なかったことにする。

「しかし、砂糖1キロってどんな量なんだ。あきらかに弁当の量じゃないだろう」

日々の栞が持ってくる弁当の量から考えてもあきらかに異常な量であることは間違いない。

美坂家のエンゲル係数が心配な気もするが、祐一にとってはどうでもいいことである。

所々、明らかにおかしい文章などもあったが、最後までページをめくりきると、祐一は深いため息をついた。

「結局参考にならなかったな……と言うよりこれを参考にしたら恐ろしい量の弁当ができてしまう」

材料の量を考えて作れば無問題なんだろうが、あまりの内容の凄まじさにそこまで頭の回らない祐一は……『しおりんのお弁当講座〜♪』を鞄の中に突っ込むと、そのままキッチンへと向かった。

「香里もあんな物、貸す前にもう少し考えてくれてもいいだろうに……」

愚痴を言う祐一の背にはどこか哀愁が漂っていたとかいないとか……。

後に、偶然祐一の部屋の前を通った真琴が『あう〜祐一独り言多くてなんか怖い』と秋子さんに語ったらしい。



「まぁ、考えてるだけじゃ始まらないか」

そう呟くと祐一は一階に降りていった。

秋子さんに弁当のおかずの作り方を教わる為だ。

一階に降りるとまだ今の灯りが点いている。

「秋子さん、まだ起きてるのか?」

とはいってもまだ日付は変わっていない。

水瀬家は名雪中心の生活サイクルになっているためみんな寝るのが早い。

こっちに来てから非常に健康的な生活を送っている祐一であった。

今のドアを開けると秋子さんはコーヒーを飲んでいるようだった。

「あら、祐一さん。どうしたんですか?」

秋子さんは祐一に気づいて振り向いた。

「秋子さん、お願いがあるのですが」

祐一は嘘をついても仕方がない(というかバレる)ので事の次第を正直に伝え、弁当のおかずの作り方を教えてもらいたいと伝えた。

「ええ、いいですよ。じゃあ、明日私が名雪のお弁当を作る時に一緒に作りましょう」

と、快く了承してくれた。

祐一は礼を述べ、コーヒーを一杯飲んで二階に戻ると目覚ましをいつもより一時間早くセットするとすぐに眠りについた。



翌朝、いつもの寝ている者をより深い眠りの底に叩き落すような目覚ましで眼を覚ました。

この目覚ましで簡単に起きれるとは祐一はある意味すごい人間なのかもしれない。

着替えて鞄を持って一階に降り、キッチンに入るとすでに秋子さんは起きていた。

「おはようございます、秋子さん。相変わらず早いですね」

秋子さんがこちらを振り向くといつもの笑顔を絶やさずに挨拶を返した。

「祐一さん、おはようございます。今日は祐一さんの愛のこもったお弁当を作るんですから気合を入れないといけませんよ?」

(……秋子さん、眼が燃えてるよ……嫌な予感が……)

調理が始まると秋子さんは思った通りかなりスパルタだった。

あの秋子さんが了承しないと作り直しという過酷なボーダーが祐一に課せられている為、祐一も全力を超えるほどの力で料理に取り掛かった。

こちらに来てから全く料理をしていなかったが、才能なのか、秋子さんの特訓のおかげか、登校時間前に作り終えることが出来た。

「これなら合格ですね。いつお婿に行っても恥ずかしくないですね」

(……秋子さん、最後までテンション高かったなぁ)

そうしみじみと思う祐一であった。

肝心の内容といえば、タコさんウインナー、玉子焼き、鶏の唐揚げ、ハンバーグなど全て定番とも呼べるものだった。

しかし、祐一にとっては秋子さんも認めてくれた出来とあって自信の持てる出来であった。

しっかりと包んで自分の鞄に入れたとその弁当を祐一はうっとりと眺めていた。

「祐一さん、時間が無いですけど、朝ご飯はどうしますか?」

弁当を見ながら悦に入っていた祐一はハッと気づき時計を見るともう既に走ったとしてもデンジャーな時間帯だった。

祐一はかれこれ数十分弁当を眺めていたことになる。

「秋子さん!すいませんが朝飯はいりません!あと名雪は……」

秋子さんはいつもの微笑で応えた。

「了承」

その掛け声と共に祐一は鞄を掴み全力で学校へ向かって走り始めた。



ふふふふ、行ってしまいましたね、祐一さん

優しい微笑みで祐一を送った後、秋子は階段を上る

たんたんたんたん…………

何ら変わらない足音ではあるのだが、
惰眠を貪っていたあゆと真琴には悪寒と恐怖の足音に聞こえたらしい…………

「残念ですが、改善が見られない上に、甘えて努力しないのが悪いのですからね?」

秋子は手に持っていた瓶の中身を………………

「だお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

周囲に聞こえたその絶叫を聞いた隣人達は、皆オレンジの幻想を視て震えたと言う。



たったったったったったったった…………

俺は疾しる、いつもの待ち合わせの場所を目指して。

「くぅっ、登校で走る事になるのはもう運命で決まった事なのか?…………俺」

いつもの四つ角が見えた俺は、急制動をかけて、息を整えて髪を直す。
角の向こう側、朝日を浴びて待つ彼女の姿が影で見える。
なみなみに柔らかいウェイヴヘァ、シルエットだけでも俺の心を捕らえてしまう。

ひょこ

顔だけがこちらを覗き込んだ

「おはようっ、相沢君」
「お、おはようっ、香里。」

朝日に透けて、輝く髪、
悲しみが去った後に、祐一にのみ見せる笑顔がそこにあった。

「あれ?名雪は?」
「今日は秋子さんに任せた。」

ピシッと笑顔のこわばる香里

「と…………言う事は…………」
「そ、想像したくないっ、したくないっ!」

あの寝雪を一発で起こす手段、
朝の忙しさから秋子さんがその手を使わないハズがない…………
…………二人の予想は正解、
同意見に達した二人は気を取り直して歩き始める。

「名雪が居ないのに遅刻していたら洒落にならん。」
「そうね、せっかくふたりきりだし。」

祐一の顔を笑顔で覗き込んでいる香里

…………この笑顔はからかって楽しもうとしてるな…………

「正解、そんなにあたしの表情って解るものなのかな?」
「そんな事無いと思うぞ?」

「ん〜〜〜〜」と目線を上に上げ、
栞と同じ、口をすぼめて人差し指を添え考える香里
学校でのギャップと、その可愛らしい仕草がいい…………

「な、…………」

ボンッと擬音が聞こえるくらいに顔を赤くする

「…………そうか…………いつものか…………ハァ…………」

そういえば、直前の会話も普通にしていたな…………
祐一が今度は意識して心で思っている時、
香里は香里で逆襲を考えていた。

(からかって楽しもうとしたのに、どうしてあたしが照れるの?まぁ…………可愛いって言ってくれて嬉しいけど…………)

くい

香里は行動に出た、
空いている祐一の右腕に腕を絡めて身体を押しつける。
当然、祐一の腕には…………

ふにふに…………

「ぐはぁ…………」
「何?(にこ)」

この誘惑に耐える祐一、
満面の笑顔で返す香里
この攻防は校門まで続いた。
生徒達の羨望と嫉妬にまみれた視線を浴びながら…………

「ふぅ…………」

疲れた顔をして座席に座る祐一

「どうしたの?そんなに疲れた顔をして?」

祐一の机に腰掛けて、原因である香里が普通に問う

「あのなぁ…………」
「ふふ、嬉しかったでしょ?」
「そりゃぁ、当然………って何言わせる。」

ご機嫌かおりん

にこにこ

「…………」

にこにこ

「…………」

にこにこ

「…………香里さん?」
「はい」

祐一に手を出す

「え、え〜〜〜と…………」
「約束。」

思いつかない祐一に冷や汗が堕ちる

「昨日言ったでしょ?」
「お〜〜〜〜アレか…………」
「そうよ、」

ごそごそと鞄から取り出して差し出す

「もう忘れないでよね、」

と受け取ろうとする香里の手を引き
無言の笑顔と通学時の報復

「ありがとう、香里。」

耳元で囁いて頬にキスをした。

「!!!!!!!!!////////」

祐一はあたりまえの様に言葉を続けた。

「その本に書いてある量の1/100でないと、もう栞の弁当は受け取れないぞ?」
「*#$%¥αγ…………そ…………そうね…………あたしもそう思う…………」

あまりに普通にされた事が幸いしたのか、復旧した香里も、普通に続ける。

「ひょっとして…………香里の家の食事はかなり質素だったりして。」
「そうなのよ…………お母さんが買って来た材料3日分を一気に使うから………」

家計簿を見て泣いてる姿が目に浮かぶ…………

「入院費よりも高いらしいわ………」
「大変だな…………」
「台所栞入室禁止令が出たわ…………」
「そうだろうなぁ…………」
「今日は大丈夫なんでしょ?」
「当然。」

オーバーに胸を張って答える。

ちょうどチャイムが鳴り、香里は席に戻る
まぁ、3年になってから香里の席は隣なので、そのまま座るだけだが











「「…………………そういえば名雪は?」」

結局、オレンジの悪夢により名雪が登校してきたのは5時間目が始まってから。
祐一の作ったお弁当を食べる事は出来なかった。
当然拗ねていちごサンデーや紅生姜、たくあんのいつもの脅しが来たが。
「家族を食事で脅すなんて…………名雪は今後苺禁止にお小遣い50%カット、目覚まし時計没収………自分で起きてね。」
と、どこからか声が聞こえてきた為、真っ白に燃え尽きていた。






















「へぇ〜〜そんなエピソードもあったんだぁ〜」

学校帰りの数人の女子高生、
話題はいつもの伝説のカップル
数々の行動とその激甘ぶり、学年ワンツーを維持した伝説のバカップル
でも夢見る高校生にとってあこがれる恋愛だった。

「お〜〜い。」

道の向こう側から、声をかけてくる夫婦

「あっ、じゃぁみんな又明日ね〜〜」

会社帰りに見える格好いい男性と
なみなみなウェイヴヘァの綺麗な女性
そのふたりの間に入って腕を組む少女。

「ね…………あれって…………」
「…………うん…………」
「祐香のヤツ………あしたとっちめてあげるわ…………」
「「「うん…………」」」



どうも、げれげれです。

参加者のみなさん、お疲れ様でした。

勢いで始めたリレーSSもようやく終わりました。

タイトルのほうはアンカーを務めてもらったKAIEIさんがに決めてもらいました。

またこんな機会があると思いますが、そのときはよろしくお願いします。



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