雨の季節・・・わたしはこの季節が嫌いです・・・
わたしの・・・私の好きな人を二人も奪った季節ですから・・・

そう思っていても、この季節はやって来る、
戻った彼がまた消えるという悪夢を携えて・・・







「雨の日の絆」






雨の日のいつもの朝、がばぁっと擬音を立てる様に、茜は飛び起き隣りを探る。
その隣りに眠る、大事な人を確認するや、裸の胸をぎゅっと抱きしめた・・・。

「よかったです・・・」

前に持ち前の悪戯心で、隠れた浩平を半狂乱になって探した事もある、
すべての感覚で浩平の存在を感じようと、頬で、手で、肌を寄せる…そして
浩平の生理現象を確認した茜は、自らそれを招き入れる…。

「ん・・・・・」

浩平が目を覚ましたのは、その温かさからだった・・・。

「茜・・・」
「はい・・・」

寝ぼけまなこを擦りながら、茜の名を呼ぶ浩平。
茜が返事をすると、ふいに窓の外を見て言葉をつなぐ。

「今日は雨か・・・」
「はい・・・」

窓の外から聞こえる水音を聞いて、浩平は億劫そうな表情になった。
だが茜がじっと自分を見ているので、とりあえず表情を元に戻して茜に尋ねる。

「夕べは満足しなかったか?」
「・・・そんなことありません・・・」
「・・・その間が気になるな〜」

ついっと横を向いて顔を赤くする茜に一瞬ドキッとしながらも、突っ込みをいれる浩平。
その突っ込みを聞くとすぐに浩平に背を背けて一言…

「嫌です。」
「何がだ?」
「・・・いぢわるです・・・」

浩平からは見えないが、茜の顔は真っ赤に染まっていた…。
雨の休日の朝、こんな風に二人の一日は始まった。


雨の日なので、外に出かける気にもならず…2人は家でのんびりと休日を楽しむ事に同意した。

「うりゃりゃりゃ・・・」

ゲームをしてる浩平の背中にもたれて本を読み、紅茶を飲む茜。
背の重みが浩平が側にいる実感…。
そんなお昼の一時だが、すでに3時間近く浩平はゲームに夢中だった。

「選択・・・カトラスダンスだな・・・」

RPGをプレイしているらしく、ゲーム画面には戦闘シーンらしきものが映されていた。
浩平は主人公らしき少年の行動選択ををブツブツ言いながら考えている。

「浩平・・・」

ふと、背中ごしに茜が浩平を呼ぶ。

「ん?」
「そのイラストの剣はカトラスでないです・・・」

いつもの無表情で、浩平の口走ったカトラスという言葉に反応する茜。
その姿から、浩平は茜がどことなく拗ねているような雰囲気であることに気付く。

「い〜の、い〜の、俺的にカトラスであれば。」
「駄目です。」

悪戯っぽく笑いながらさらりと受け流そうとする浩平を捕まえるように、茜がすぐさまダメだと食い下がる。

「なんで?」
「間違った知識を鵜呑みにする人が多いから、学力低下が叫ばれるのです・・・」

いつものように淡々とした口調だが、浩平にはそれが構ってほしいと思っているがためのものである事は明白…。
(茜…構ってほしいんだったら素直にそう言えば良いのに…でも可愛いから許す!)
悪戯っぽい笑みを浮かべて、茜に尋ねる浩平。

「・・・茜は何がしたいのかな?」
「お買い物に行きたいです。」

この言葉を待っていた茜はすぐさま浩平の方へ向き直り、自分の意思を告げる。

「解ったよ、ゲームに夢中で拗ねちゃった?」
「そ、そんな事ないです・・・」

朝の一時のように、ついっと顔を背けて赤くなる茜。

「可愛いね〜照れる茜は」
「・・・いぢわるです・・・」
「で、何を買いに行く?」

茜の反応を1通り楽しんだ浩平は、優しい表情を浮かべて尋ねる。
よくぞ聞いてくれました、な顔で茜は答えた。

「新作です」
「え・・・・・・」

浩平の頭に大汗が浮かぶ。
茜の言う新作と言うものに1つしか思い当たるもののない浩平は、次の言葉を聞くべく口を開いた。

「それって・・・」
「はい。」
「ワッフル?」
「そうです。」

浩平の問いにさらりと答える茜。

「どんなの?」
「練乳蜂蜜ワッフルの生地に卵の量を倍に・・・」
「倍・・・」

大粒の汗が頬を伝って流れていくのが浩平自身にもはっきりとわかった。

「スライスしたシロップ漬けの苺をカスタードクリームとはさんで・・・」
「はさんで・・・」

ごくりと生唾を飲んで、茜に相づちを打つ。

「チョコレートがちりばめてあるんです・・・」
「ちりばめて・・・」
「そしてたっぷりと練乳と蜂蜜。」
「たっぷりと・・・」
「それが食べたいです。」
「・・・・・」

(行かないなんて言えないしな…しょうがない、腹をくくるか…)

数秒ほどの無言の後、浩平は静かに口を開いた。

「じゃ・・・行くか、雨もやんだみたいだし」

そう言った浩平が見た窓の外では、雲が割れて少しずつ青い空が見え始めていた。
茜はすっと窓際に行って外を見る。
浩平も茜に寄り添うように窓際に立つ。

「…晴れましたね…」
「そうだな…良い天気だ」

そっと茜の肩に手を置くと、ふわっと茜が抱きついてきた。

「…もう…どこにも行かないで下さいね…」
「あぁ…約束する」


雨の日のこんな出来事ですら、2人がお互いの絆を深めるきっかけに過ぎなかった…。



その日の夜…

「…浩平、晩御飯出来ましたよ」
「お、おう…」

(マジか…アレを食べて数時間しか経ってないのにもう晩飯食べなきゃならんのかっ!?)

絆を深める事も大事だが…それでも、あのワッフルは2度と食べまい…そう思った浩平だった。



―end―

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